
移住予定地である神子の森に、田圃と畑をかりることになりました。
ホント神子の森の集落の人たちはイイ人ばかり。
ん〜これも総代さんの「若い者を村に引き入れたい」という力あってこそ

ますます好きになっていく集落

さてお借りした田圃は、我が家に新しく仲間入りとなった北野さんと、下の集落にお住まいで最近お近づきになってお米作りをしてみたいというhiroさんの二人が主になってやることになった。
お米づくり1年生のお二方に、お米づくり3年生の徳さんがサポートすることに。
まずは田圃に水をひく水路の掃除から。
もうしばらく使われていなかったようで、水路の入り口となる土管には土がつまって水が流れません・・

竹を伐って、その竹を土管のなかに差し込み、竹筒に土をふくませ取り除いていきます。それと同時に水路にたまった土や草も取り除いていきます。
予想以上に、土管のなかには土がつまっているようで土管の入り口・出口の両方から土を取り除けども、なかなか水が出てきません・・。長い竹が土管のなかに入りきっても、まだ出ない・・。
水路も土や草が除かれて、あとは水が流れるのみとなっているのに・・

はてな?と頭をかしげつつ、竹でさらにつついてみる。はたまた何か水が出ない仕掛けがあるのかと周辺を探ったりして。やきもきしつつも、しかしそれ以外に考えられることもなく・・、意を決してさらに竹でつついてみることに。

するとポコンといったような音がしたかと思うと、勢いよく水がながれはじめたのでした

男たちの喜ぶこと喜ぶこと

そう、小さい頃に砂山をつくって、あっちとこっちから穴を掘っていって互いが開通した時の喜びに似た、まるで子供のような喜びようです!

でも乾ききった水路の水が流れはじめるというのは、なんだかこれから始まる神子の森でのお米づくりでの喜びを彷彿させ、心がとても踊るのです

生きていくためにお米は欠かせないもの。お米と塩と少量の野菜があればどんなことがあっても生きてはいけます。そのお米を自らの手で生み出すということ。それは例えようのない喜びでもあるのです。

さて水路の水が流れはじめ、次なるは・・田圃の畦づくりです。
深水にてお米づくりをする予定なので今の畦をもう少し高めに築きます。
そして田圃のなかの周辺部に深い溝をつくって、水の通り道をつくってあげます。
男3人が揃うって、すごい馬力を発しますね

いつも徳さん一人の時とちがって、見る間に作業がすすんでいきます。男3人が集まれば、一人の力が倍増するみたい。一人がかりで3日超かかるものも、3人でやれば1日もかからない。
巧みに互いの連携プレーができあがって、またお互いに目に見えてはかどっていく光景に、さらにやる気がかかる様子。見ていて本当にたくましい限りです

女性陣たちは、男性陣たちの労をねぎらうための、愛情のこもったお昼とおやつを用意し、黄色い声援をあげます


力をつかう畦づくりの作業、男性の力はつくづくすごいな〜と実感。そしてそれを見守る女性の役割もとても重要ではありますね。
さて次回は、苗床をつくってお米の種をまく予定です。
今時は苗も農協でかってきますが。何事も買うことありきになると、本当の力がつきません。それに自分たちが生きるお米をつくっているという土台がゆらぎます。だから種をまいて苗も自分たちで育てます。さてさて一歩一歩が着実な一歩。楽しみですね

田圃しごとに加え、大きな畑も借りたので、こちらも何をつくろうかと皆で計画中です。
イノシシ、鹿、猿などの獣の被害もあるようなので、悩むところ。だけどひとまずやってみなきゃ!
この神子の森でのお米づくりや畑しごと、そしていずれは移住しての暮らしは、私たちがめざす共同体としての営みの一歩。
今は家族単位で、集落単位で、社会単位でそれぞれが個人個人に切り離されてしまった時代。
そんな今の社会システムとは逆行するかもしれないけど、お互いに助けあいながら子育てをしたり、生きていくための食を生産したり、互いをフォローしたりしていく。一人で出来ない取り組みだって、仲間がいればこそ実現できることだし。お互いの想いやビジョンを高くもって共有しつつ、実現していくために絶対的な力になるのはこの共同体としての力があってこそ

共同体として生きることが出来れば、子育てのためやお年寄りたちを施設に無駄にお金をつかって預ける必要はなくるだろうし、身体を悪くする食料をお金をつかって買う必要もなくなってくる。個人で出来ない事を行政が替わって介入するための費用も多くは必要なくなる。多くのことは互いに協力しあえば、出来ないことはほとんどなくなるだろうに。。
言い換えれば、昔あった共同体から私たちが個人化されて無力化されてきたのも、力をもたれると困る者がいたのかもしれない。個人の力など社会を変えるには無力であると思わされてきた私たち。結果、お金を持つものが権力を握り、大きな企業や権力者が思うように政治を影で動かしたりして、社会を自分たちの意のままで動かしてきたことが言える。原発然り、豊かであったはずの自然や環境が産業や経済活性化という名の下に壊されてきたことが全てを物語るように。。
力を合わせると、力は一人の時よりも確実に大きくなることが、身をもって感じられたところ。
一人で生きるより力を合わせて生きる方が断然力になる!そして何よりも喜びをお互いに分かちあったり、支えあったりというのは精神的にも豊かになるという事をとても感じる。。
支えたり、支えあったり。一人よりも二人、二人より三人、三人より・・。。
力も喜びも、二倍三倍になる。。
豊かさをもとめて、ただいま進行中です
