田植えその後。。

平日であっても田植え優先の、我が家は設計事務所です

何をさて置き、主食である『お米』はもっとも大事!
とくに今は、世界各地でおこっている異常気象や、原発震災により日本の穀倉地帯も危機的状況というなかで食糧難を意識せずにはいられません。我が家の備蓄は例年より、さらに増しつつある状況。そして自らの手で『安心して食べられるお米』を自給するというのは私たちにとっては何より意味深いことなのです!
お陰様で、うちの家づくりのスタイルが、昔ながらの地に足をつけたスローな家づくりに変わってからというもの、あくせくしてお金を稼ぐための動き(ビジネス)をしなくても良くなった。自給に近づくための、さらに地に足をつけるべく時間が出来たという訳 
なんだか不思議なぐらいに、うまく出来ている。。

さて、
援農を交えての田植えも賑やかでワイワイと楽しいんだけど、3人でたんたんと黙々とやっていく田植えは静かで心地いい。
朝の6時に家を出て、夜の7時まで。途中、お昼を食べに帰るだけ。
朝の軽い朝食や、10時と3時のオヤツや飲み物を持参して、あとは田圃で一日を過ごす。

何も考えず、雑念にとらわれず、ただただ植える。
ただただ苗たちと向き合って、鎌で穴をほって、植える。(←自然農です)
でもそのなかに無数の発見や、自然との対話があって面白い。

    

苗をわける作業も、草たちの生き残りをかけた戦いを見るよう。。
稲にそっくりの草たち。ほとんど見分けがつかず「これ草?これ稲?」という奴もいるぐらい。
雑草だと分かれば、すぐに引っこ抜かれてしまう草たち。如何に稲に似せられるかが、かれらの生き残りをかけた作戦のひとつでもある。そこが面白い!だって草には稲の姿を見るための目もないのだから。どうやってここまで隅々までそっくりに自分の身体をつくることができるのだろうか・・。
ははは!笑ってしまう。所詮、人間が知り得る世界なんてまだまだ爪の先ほどにも満たないという事。今知り得ている科学の世界など、たかが知れている狭い世界だと分かる。
人知をこえたところで植物界では互いにコミュニケーションし、「さあ、みんないっせいに花を咲かすぞ!」とか号令をかけたりしてるんだろうね〜。

 

いつもながら目に見えないものを尊ぶ気持が大切だな〜と感じるところ。。
自然にふれることでいつも、自然界のなかから学ばされる。。

コメント

やっちょるね〜。ほんとに草の疑似体って凄いよね(笑)鎌での田植え・・・うちらも来年はそうなりそうだなあ。今年は親指でぶすっと穴あけてやったので、指が痺れてる、わはは。早く大きくなあれ!

  • みー
  • 2011/06/26 07:59

みーさん、こんにちは!鎌で穴を掘って、しっかりと植える田植えは、力強い安心感があります。
田圃の一部(苗代をつくった場所)は泥っぽくなってしまって、そこだけが通常の田植えのようになってしまったのだけど、泥のなかに苗を差し込む、という感じで倒れそうで心許ない感じ・・。
穴を掘って植えるのは、指で苗をぎゅっぎゅっと押さえ込むので、人の念「大きく丈夫に育てよ」も入っているので丈夫そうな感じです。
みーさんに嫁いだ、古代米の神丹穂米は、すごくエネルギッシュではありませんか?

  • はしづめ
  • 2011/06/26 11:27