家ともう一つ・・

 『家』ができれば、あともう一つ欠くことのできないもの、それは『庭』です。。
字の如し、家と庭がセットであってこそ、そこに家庭が育まれるのです。
この頃、草むしりや掃除がたいへんだからとか虫が気持ち悪いからという理由で、庭をコンクリートで塗り固めてしまう家が多いです。なんだかそれはとっても悲しいこと。
確かに、住まいは家さえ出来上がってしまえば機能するところではありますが、やはり家はどこまでいっても人工物です。
庭をとおして虫や植物と付き合ったり、季節の移りかわりを感じたり、自然との関わり合いをもちます。潤いをもらったり、癒されたり、時には自然の神秘や感動をもらいます。子供たちにおいては生き物と触れあって、命というものを学んでいくのではないかと思います。それが家には出来ない庭の役目でもあります。
虫が嫌い、草が嫌い、土が嫌いと言っていたら、子供たちにも影響します。虫がいて、草木があって、土があってこそ、人間は生きることが出来るんですものね。。
そんな自然の尊さを身近で感じることができる場が、庭であります。

さてさて『つながる家+つなげる家』も家づくり同様の力をかけて庭づくりです。
庭づくり担当はいつもお願いをしている蒼園さん。そして私たちAASTUDIOも一緒にさせていただきます
蒼園のみきさんがいつもの担当。いつも笑いがたえない明るいみきさんですが、蒼園を背負ってたつ存在でもあります。蒼園さんは社長からスタッフ全員がみんな純粋に『お客様のため』の物づくりをしています。そこがAASTUDIOのお気に入りとなって御用達になっています。お金のあるなしに関わらず、まずはお客さんに精一杯喜んでもらいたいという気持ちで仕事ができる職人さんです。そのうえで設計者のイメージもしっかりと読みとってくれるので、私としては安心してお付き合いができるパートナーだと思っています。
蒼園さんとの仕事、いつも赤字ではないかと思うんですけど・・まったく手抜きがなく。どんな家づくりでも、やり甲斐をもって取り組んでくれます。言ってしまえば儲けベタなのでしょうが、私はお金よりまず気持や心がある職人さんたちと仕事がしたいので、蒼園さんは相応しいパートナーであります。
うちの家づくりをいつも心待ちに楽しみにしてくれていて、私たちも頼りにしています。

さて今回、庭は広いけど、予算は40万・・
40万と言っても、樹木は山ほど植えたいものがあります・・。
こういった時には、何かしらと良案が浮かぶものです。
解体屋さんの所に、家を解体した際にでてくる庭石を蒼園さんと一緒に貰いにいきました。どうぞご自由にと、山ほどある石をユニックをつかって出していきますが、石がありすぎて、思うように望みの石までは手が届かず・・ でもなんとか蒼園さんが石をゲットしてくれました。こういった事も施主さんのために労力を惜しまない庭屋さんです。
さてそれを使っての庭づくり
そして敷地を掘った際に出てきたゴロゴロした川石も有効利用することになりました。

 

建て主さんも助っ人にはいって、一緒に庭づくりをします。
たくさんある川石をつかって植栽の際に並べます。そうすると不思議、堅い表情だった境界線の際が柔らかい表情に
ちょっと手をかけてあげるだけで雰囲気がかわるから庭づくりは面白いです。コツコツやるだけで、雰囲気が見違えます。見違えたついでに道路際だけでなく、他の境界もしようと言うことになりました。
こちらは建て主さんご夫婦に任せて、遠目で見ておりましたが、夫婦関係がよく手に取るように見えて面白い こっそりと見ておりましたら結局最初から最後まで奥さんの方が石を並べる作業を全部やって、ご主人には譲らなかった 
ハマル性格ですね 

 

その間、設計者の私は、玄関アプローチづくりを。
こちらもお金がかからない方法で・・・とみきさんと思案した結果、蒼園さんところにある端が欠けてしまって商品価値のなくなってしまったレンガを有効利用して使おう〜と言うことに。
本来ゴミとなってしまう物だけど、これらを生かしてのアプローチづくり、こういうのが面白い。腕がなります。

レンガは端が欠けてしまっているので、全て小口を立てて使うという贅沢な使い方。
ゴミ同様の扱いだったからこそ?
丁寧に並べていきます。この丁寧さで、あとあとの仕上がりが変わるので、重要です。
「欠けたレンガを使うなんて欠陥住宅だわ」なんて言われてしまえばそこまでなんですけど、そこは信頼関係ができているからこそ出来ること。レンガ敷きに丸2日かかりました。

手間は掛かりましたが、どうです?いい感じの出来栄えでしょ
この”欠けたレンガ”が良かった!いえ、欠けたレンガでなくては出せない、使いこなされた表情が味として出ました〜
うちの庭づくりで使う石は、100年200年と使いこなされたような古石ばかりだから、その石と合わせるのにもこの欠けレンガが新品でない風合いを出してくれました。きっと今時の真新しい家では、こんな古石・欠けレンガなんて、汚くみえちゃうんでしょうけど・・昔ながらの家づくりの場合、この古石や欠けレンガの方が良い味になっちゃうんですよね。

そして玄関アプローチの段差に、ゴミとなるハズの解体現場の石たちが使われていきます。
蒼園さんが、ひとつひとつ個性のある石を調和させつつ階段をつくっていきます。
ある物をあるがままに合わせてつかっていく。
難しいけど、とっても楽しくやり甲斐があります。

さてさてあと少しで完成。
家づくりも楽しいけど、庭づくりも楽しい
さてどんな庭ができるか、お楽しみに!


みんなでお昼、和気藹々の一コマです。

和の床、草の床。。

 世界でも類い希な草の床、それが和の床、畳です。
『つなげる家+つながる家』も、畳屋さんが畳を据えに来てくれましたよ
山口県からの遠い道のりを物ともせず、揚々と畳を運び入れる荒川製畳所の荒川さん夫妻です。

今回、居間は昔ながらの畳の空間です。(この頃、畳をもとめられる人多いんですよ)
不思議なことに!
畳が部屋の中央にすわりはじめてから、急に部屋の空気が柔らかく落ち着いた和みの空気に一辺しました。なんと言うか・・ゆっくり腰をおろせる居場所が出来た、というようなホッとする癒しの空気がし始めたのです 板間だと「ゆっくり腰を落ち着けて」とか、やっぱり板は堅いですから、そうはなりません。また板は畳と違ってこの時期は冷たいです。温度差3度前後ほどあるんですよね。
畳は、柔らかくて、暖かく、確実に足からの冷えをさえぎってくれますから、やっぱり自然と畳の上に上がりたくなるんですよね
畳は癒しとか和みとか言われますけど、ホントですね
畳リビングかなりいいです!

実は『つながる家+つなげる家』のリビングも当初は板間の予定でした
でも私達(設計者)の暮らしも、今治に引っ越しをして畳の暮らしに変わってから本当に畳の良さを実感することになって、建て主さんに「ぜひに」とオススメをしたという訳。
子供が床でおもちゃで遊ぶにしても、寝転がるにしても、本当に和の床は優しく受け止めてくれます。
足腰の弱いお年寄りにとっても、柔らかく弾力のある床は、足腰に負担がなく、本当に優しい。女性にとっても、板間は足から熱を奪っていきますが、畳は冷えを防いでくれます。
何をするにしても座の暮らしをしっかりと支えてくれる畳は、本当に素晴らしい物だと設計者自身が実感した次第なのです。。
良い物は勧めなきゃね

今回の畳は、少し弾力を出すために、荒川さんに藁床から作ってもらいました。
前回『新居浜の家』で使った藁床は最高級の”西播床”でしたが、床のなかで最高級とあってすごく丈夫ですごくしっかりとしているんだけど、女性の私としてはもう少し柔らかさが欲しいと思った次第なのです。(使っていくうちにほんの少し柔らかくはなってはいくのですけどね)
今回荒川さんには「硬さのなかに柔らかさがある床が欲しい、それと裏は藁の菰を使ってほしい」とワガママなお願いをした訳なのです。そして見事に足触りの良い畳が出来上がったのでした
このように職人さん達と直接つながっていると、規格から外れた無限の物づくりが可能でもあるんですよね 
もちろんそれを可能とする智恵や技術をもつ本物の職人さんでなければ務まりません。
荒川さんも言われますが、今の時代、本当にちゃんとした畳をつくれる職人は数少ないと・・。
だからこそ、架け橋でもある設計が、声を大にして本物の良さをアピールしたいと思うのです。

さて畳の納品もおわり、、荒川さんには事前に畳の講義の依頼をしておりました。
せっかくの貴重な機会、そのまま帰っていただくのがあまりにも惜しいですから
ぜひに職人さんの話を聞いて欲しい。。

一般的に、工務店さんや大工さんのもとでの「下請け」と呼ばれる業種(私は下請けという呼び方は嫌いです)は、あまり施主さんと話をする機会がないのです。工務店さんとの話合いで「高い、もっと安くならんのか」と値段の安さで物が決まります。本来の畳の話など聞く耳持たない現状がそこにあります。荒川さんも嘆いていました。下請けの下請け構造で、良い畳がいれられる文化財の仕事でさえも、最後にはスズメの涙ほどの金額となって良い畳がいれられない現状があるとの事・・
消費者(施主さん)にとっては我が事ですよね。だからこそ賢くなって、良い物をお買い物する知識を本当は身につけなくてはいけないと思うのです。

さっそく荒川さんから、畳床や畳表のグレードのお話しなどを聞きました。
畳は、表・床・縁の組み合わせで値段がきまります。荒川さんご推薦の普通グレードの畳なら15000円〜だそうです。10000円以下は責任を持てないからしていないとの事。
15000円でも安すぎなぐらいだと私は思います。フローリングだってそれぐらいしますもの。畳屋さんやその後ろで支えているイ草農家が生き残っていくには、正直なところかなりしんどい価格でしょう・・。

グレードの話になって、徳さんのやっている備後手織中継ぎ表は、畳屋さんからすると別格部類になるそうです。15000円を普通の畳とするなら値段的にも別格(普通の表が安すぎなのです・・)という訳なのです。しかし値段ではなく、その耐久性・摩耗性・弾力性・草の品質ともに全て普通の畳表とは別格な存在なのが中継ぎ手織表なのです。使えば使うほどに黄金色に草が輝き美しさを増すのが備後の草。そしてそれを底辺で支え耐久性・摩耗性・弾力性を保つのには手織が欠かせません。

『つながる家+つなげる家』の畳は普通のことのように、備後中継ぎ手織表を使っています。別格というと、なんだかとても手に入らない特別なイメージになりますが、私達はこれを普通にしていきたいな、という想いです。
いまや京都迎賓館や京都御所にさえもそんな畳は使われていません。しかし良い物は使ってこそ次の代に遺せます。より良き物は使ってこそ続いていくのです。こうやって発信できるのも使っているからこそ。

使われなくなった時、その伝統は閉じます。文化財の建物だけにしか使われなくなれば、その伝統は確実に滅びます。その物づくりをささえる人達の暮らしは、文化財だけでは回っていかないのですから。。備後中継ぎ手織表を支える人たちの営みは数知れずあり繋がって成り立っています。その一つをも欠くことが出来ない存在であり、底辺に行けば行くほど厳しく。文化財だけでは到底生活はできないのです・・。
だから私達は、別格ではなく普通に、より良き物は使っていこうという風に思っています。より良き物は使ってこそ価値が分かります。使われなくなればますます、より良き物から離れていくのです。建て主さんにとっても、より良き物は暮らしを豊かにしてくれる物たちです。そしてより良き物が普通に使われていく社会こそ、真に豊かな社会であると思っています。
これは畳表だけの話ではなく、私達がやっている昔ながらの家づくりそのものの底辺の姿勢です。
職人さんたちのより良き仕事を、特別や別格と言う棚にあげるのではなく「よい物だから」と普通に使って、建て主さんも職人さんも、そのまた底辺を支える人たちも豊かに廻っていくようにしていきたい。。
徳さんが備後手織中継ぎ表を遺すために、繋ごうと決めたのもそんな理由です。。

畳も本物を使う。基本です。
これはゆくゆく使い手自身にその良さの恩恵が帰っていくのですから。

紙や樹脂で出来た畳・・。
安いけど、どうです?
汚れても手入れが出来ず、シミになりやすく、耐久性も悪くて、呼吸もせず、座っても堅くて腰が痛い畳、化学物質や接着剤の固まりです
それが心地いい?
安いというのは喜びなのでしょうか?

永く愛せて、美しく使える心地いい物たち。。
家づくりに使われる無駄づかいなお金をちょっと見直せば、別格だと思う物も、普通に使える家づくりになる、本当は何も難しいことではなく簡単なことなのですよね。。

荒川さんも、納品した備後中継ぎ手織表のその後が気になる様子。
『新居浜の家』でも、ときおり気にかけてのぞいてくれているそうな。
やっぱり良い物を使うと、職人さんたちも後々の変化が気になる様子。
これも良い物をつかう効果のひとつですかね

また次回に納品ついでに、畳のお話しを伺いたいところです。。

寒さもなんのその!

今年一番の寒さのなか『つながる家+つなげる家』では大勢の職人さんたちが最後の最後の器具付けでバタバタ。しかも完成間近なのに未だ窓ガラスがはいっていなくて・・超寒い〜
昔ながらの家づくりの場合は、最後の最後に建具やガラスがはいるもんだから、いつもこのパターン。木の建具を他の職人たちが作業中に傷めないようにと、水を含んだ土壁の仕上げには、この最後の方までガラスがはいらないというのは理にはかなっているんだけどね。
「お引越し前にはよく換気をしてね」なんて言うけど、昔ながらの家は引渡し寸前まで、常に換気されていることになる。もちろん雨がはいらないようにと養生はしっかりとしてはいるんだけどね。

それにしてもこの時期、そしてこの場所は風がとてもよく通り抜けてくれる。なので半端な寒さではないのです。職人さんたちもブルブル。立会いの私もブルブルです
ガラス屋さんは、午後からの手配。それまでグッと我慢。



 

照明器具やコンセント・スイッチ、テレビアンテナや、給湯器、ガスコンロやガスオーブンが設置されていきます。それぞれに忙しい職人さんたちです。
設計者のほうは何をしているかと言うと、器具類などを手配したりしている関係上、最後の取り付け指示をしたり、設置確認などをしている次第。この頃は、完全に設計監理業務の枠から外れて、施工管理業務となっています。昔ながらの家づくりをやっていると必然の流れとなったんですけどね。

 

まあ、またこの話は後日。

雪も舞っていましたが、お日さんも時折射し込んできて木と土の家の心地よさを感じます。
面白いのが、いろんな職人さん達が家づくりに関わっていますが、一通り自分の仕事をし終えたあとには、お決まりのようにジロジロと建物の随所を感慨深く見て帰られる点。
職人さんだからあちこち色んな現場を渡り歩いておられる事でしょうが、本当に感慨深げに、しかも熱心に、時にはどなたかに電話をされて「造りが、すごいんでなあ」と誰かに熱弁をしていたりもするのです。ありがたい事ですね。色んな現場を見て歩いて回られている職人さんたちが関心をもってくれる家というのは一番にうれしいことではないかと思います

今日は、この近くの集落の方と言われるご老人が来られて、「生きている間にこんな建物が見られるとは本当に嬉しゅうございます」と・・「この建物は国宝級にしてもよい建物ではないかとずっと伺っておりました」と・・
ご老人は熱心に語りかけてこられましたが、恥ずかしいような嬉しいような可笑しいような話です。

たしかに今の時代、自然の素材での家づくりと言っても、そう簡単に見られることがありませんものね。『自然素材の家』とうたっていても外壁は何故かサイディングだったり、モルタル塗りの家だったりで・・
この家は特別な国宝級な造りという訳ではありませんが、昔ながらの素材で、昔ながらの職人さんたちの技術をつかってできた住まいです。ただそれだけの事。
でもそこから発せられる空気は、誰もを惹きつける本物の力があると思います。現代が失いかけた空気というのでしょうか・・それを感じるのです。きっと職人さんたちもそれを感じて暫し足をとめて魅入られている様子。やっぱり力があります。。
こういった住まいをなくしてはいけないといつも思うのです。。

午後からはガラスも入りだしてやっと家になってきたという感じ。
現場を監理している設計者としても、やっと風がさえぎられ安堵の心地です。
やっぱり風が強い日、雨の日など、心が休まりませんもの。。
あと一息で完成。
いえ、まだまだ。あとひと踏ん張りです
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