足るを知る。。

DSCF4187.JPG

我が家の畑です。。
っと言っても庭先をほんの少し畑化したもの。
まだちゃんとした畑らしい状態ではありませんが、ひとまず今夏の野菜に備えて、春先に庭木を伐ったり、絡まるツタや覆い茂る草を取り除いて、二人が食べていくだけ(足りなければ買えばいいや)という気軽なノリでスタート。
それがそれが・・まあ、よく採れる採れる!

DSCF4603.JPG

小さなスペースなので必要最低限しか植えていませんが、予想を超える野菜の出来よう手
二人だけ食べれれば・・というつもりが、有り余るので、かなりおすそ分けをしました。

DSCF4507.JPG

これまで畑がいくつかあって、数箇所の畑でお野菜をつくってましたけど、
なかなか目も行き届かないし世話も十分にはできない。
しかも無肥料だからなおの事、収穫量は期待の半分以下。

DSCF4134.JPG

イノシシはやりたい放題やってくれるし・・汗

それがこんなちっぽけな畑では、数株の野菜たちからは有り余るほどの野菜たちができます。
今まで広い畑でやっていたのは、なんだったの・・と言うぐらい笑

DSCF4537.JPG

植え忘れたカボチャは野菜ごみの野良ばえから出てきて実をつけてくれていました♪
紫蘇も欲しいなあ〜と思っていたら、青紫蘇、赤紫蘇たちもどこからかやって来てくれました、ちゃんと。。

DSCF4556.JPG

「野菜は足音を聞いて育つ」というのは、ほんとその通りだなあと思います。
毎朝かならず様子を見に行ったり、世話をしてあげられる距離間や耕作量って、大事。
今までがちょっと欲張りすぎたのかもしれませんね。
いつも世話に追われてヒーヒー言ってたし・・アンパンマン

DSCF4185.JPG

足るを知る、ということでかえって恵みがいっぱいハート
無理をせず、二人が食べていくだけの小さな畑で、肩に力をいれずに。
そう身の丈にあった暮らし。。
そのほうが余力ができて、愛情も手間もたっぷりとかけてあげられるし、自分もしんどくない。

やっぱり野菜をつくり始めた頃って、あれもこれもやってみたい、たくさんつくりたい、こんな方法もやってみたい、なんて欲がいっぱいあったのです。でももう何年か畑をやって、そろそろ悟りの境地?

DSCF4553.JPG

欲を張らないことで、与えられる。
いえ、すでに与えられているんだろうけど、欲があるとそれが逃げちゃうんですよね。
実感です〜ハート

そして友人たちからの野菜のお裾分けにも支えられていると言えるかもハート
感謝です手

DSCF4594.JPG






 

猫の病気から、あらためて食事の大切さを知る。。



昨年の8月に免疫性溶血性貧血にかかり明日をも知れぬ我が家の愛猫チャイでしたが、その後とっても元気に回復し、その節は皆様に励ましていただきまして、ありがとうございました!
ここで同じ病症の猫ちゃんの飼い主さんの励みになればと思い、簡単ではありますが回復の経緯をお知らせしておきたいと思います。

免疫性溶血性貧血を発症した時、チャイの血液中に占める血球の体積の割合Hctは7.1しかなく、いつ死んでも不思議でない重度な状況でした。正常値37.6〜47.6。もう自分で起き上がる事も出来ない状況でしたのですぐに輸血が行われ入院をすることになりました。ただ・・免疫異常ということでこれと言った治療方法はなく、ただただ奇跡を祈るような治療です。輸血をおこなっても、自らの免疫が自分自身の赤血球をすぐに破壊をしていくために、また貧血をおこし処置をしなければ死に至るという病気・・。
主にはステロイドで炎症を抑えるのと免疫抑制といった治療です。でもステロイドはあまり効かず次々と強い免疫抑制剤がプラスされていくことに。輸血によってなんとか生命を維持しているといっても良い状況のなか入院を繰り返しました。しかし免疫抑制の治療によってチャイの体内に潜んでいた猫白血病までもが発症してしまって..片方は免疫を抑制し、片方は免疫をあげなければいけないという相反する薬の投与といった複雑な治療法のなかで、一時はもう明日までもつかどうか・・という生死の境までいきました。

この病気、ネットではあまり回復したというケースは少なく、どれも死んでいくケースばかり。正直かなり落ち込みました。特にチャイの場合は免疫性溶血性貧血と猫白血病の二種類の病気が同時発症。免疫異常といった類は現代医療では確たる治療法がないのです。薬やお医者さんではなく、チャイ自身の生きる力に期待するしかないのでした。
最後かもという時に、お医者さんからはさらに強い薬や入院を言い渡されました。もちろん強い副作用や時にショック死もありうる治療法でした。ただそれ以外にお医者さんにも選択肢がなかったのだと思います。しかし当初から対処療法的治療に疑問を感じていた私は、もしこれがチャイ自身の寿命と言うのならと考え、これ以上の投薬治療は断って、自然にまかせて看取る事にしました。
しかしあきらめた訳ではなく、最後の最後は自宅で出来る限りを尽くして自然療法に徹したのです。お医者さんも強い副作用かショック死をリスクにしなければいけないほど打つ手がないのだから・・、ある意味気持ちが弾けたというか、とにかくあたって砕けろ状態であらゆる自然療法を試みることにしました。
輸血をしなければいけないほど赤血球の数は減少傾向にあったので、輸血をしないという選択肢は死を待つことでもありました。確かHctは10以下に。チャイの状態も起き上がることが出来ず今日明日もつか・・といった状況でした。 まず食事療法に重きをおきました。自分自身の血液を攻撃するという免疫異常のそもそもの原因を考えたからです。攻撃しなければいけない血液だからなのでは?血液が酸性化しているのでは?と。完全なる素人考えですが病気には原因があると考え、ます血液をつくるための食事の大事さを見直さなければとなりました。正直、それまでのチャイの食事は猫マンマでした。猫=猫マンマ(鰹節+ご飯)だと何の疑いもなく思っていたのですから。人間の食事にはうるさい私も、今、考えると猫も病気になるわよねって思います・・苦笑。

回復食をここに紹介しておきます。※ビワの種の焼酎エキス、※梅の黒焼き、※豆腐、ひじきを主とした野菜、魚か肉、たまに卵、※どぶろくの絞り粕、※タウリン(アミノの酸の一種)、ステロイドの代わりとなる副腎皮質ホルモンの分泌を促す食べ物(しいたけ等)、※鉄材。特に※が重要で毎食必ずご飯に混ぜ合わせていました。市販のキャットフードは一切与えていません。当然、明日死ぬかもといった状況だったので、あまり食欲もありませんでした。でもほんの少量食べてくれたので、大好物に※を混ぜ合わせ与えました。
そして血液を浄化するための腎臓・肝臓のお手当て。もともと自然療法を暮らしに取り入れていた私でしたので、猫も人間も一緒と思い、あらゆる病気のもとになる腎臓肝臓のお手当てをビワの葉温灸で。また腎臓肝臓の働きを強めるためのツボ療法をもおこないました。ビワの葉温灸はチャイも気持ち良さそうで毎日つづけました。そして日増しに回復傾向に!明日にでも死にそうな状況でしたから、びっくりしたのは私自身でした。
食欲も出てきて回復傾向に向かったので、お医者さんから頂いていたステロイドも少しずつ減らしてみることにしました。毎日のチャイの様子を見ることが出来るのは飼い主自身。お医者さんは毎日は様子を見るわけではないので1週間適量のお薬をいわれます。しかしステロイドは当初からあまり効果がなかったので、飼い主である私がチャイの様子を確認しつつコントロールして減らしていく方向に。そして通院しつつ検査で血液の容態を確認しつつ食事療法を続けていきました。どんどんとHctの値もあがっていくのを目にして食事療法に効果を実感しました。今ではすっかり元気です。病院通いももうしていません。(現在は豆腐野菜が主で魚or肉の食事です)
チャイの場合、自然療法が効果があって結果良かったと思います。ただお医者さんの治療方法を全否定をしているわけではありません。救命医療などは素人ではどうにもならないところでした。またお医者さんがいてくれることで安心感もありました。残念ながら自然療法にはあまり関心はもってはくれませんでしたが(苦笑)、ツボ療法するために腎臓や肝臓の位置を確認したり、血液の仕組みや、薬の働き(食事で血液を増やすため鉄材の提案をしてもらったり)、猫の食事なども相談にのってもらえて助かったところもあります。
しかしながらやっぱり我が家の猫のことはお医者さん任せでなく、飼い主さんが一番、その子の具合もわかっているから、お医者さんとの二人三脚をしながら、病気に向き合えたことが良かったと思います。今回は食事の大事さをあらためてチャイに教えてもらったと思います。チャイのためにお祈りをして頂いたみなさん、どうもありがとうございました!

移住者交流会。。

 私たちに続き、友人の内原家も神子の森周辺への移住が決定となり、この機に移住を支援してくれている村の方々と移住者および移住予定者との交流会を開くことにしました。

神子の森だけでなく玉川は本当に良いところ
そんなことを地元の方々との交流のなかで移住前に感じていただく良い機会だし、また日ごろ熱心に住居探しに動いてくださっている方々をご紹介するにも良い機会。移住予定者たちも「お互いの考えや想いを移住して住み始める前に話し合えるのは、画期的で、前向き度もアップする」とのこと

今回、こういった交流会を開こうと声出ししたのは神子の森の総代さんと玉川支所長さん。
玉川支所長さんも、神子の森周辺が面白くなるように移住を応援してくれています。
こんな風に支所長さんが、ざっくばらんに移住者の想いや考えを聞いてくださる玉川という地、なんだかこれから玉川という場所は面白くなりそうでワクワクします。

総代さんもよく言いますが、村を変えていくのはこれからの時代、若者・よそ者・変わり者だと。
今まで10年かけてあちこち移住地を探してきましたが、若者・よそ者・変わり者を受け付けてくれるところは、正直そうありませんた・・田舎という所にとても排他的な空気を感じましたし、抑圧するような雰囲気も・・
でもここ玉川の地はちがいます。何か、ふるさとに帰ってきたかのような懐が大きなホームグランドを感じるのです。もちろん全てがそうではないかもしれませんが、でもそういった何か新しいものを受け入れていくという芽をこの玉川に感じます。

よそ者とはだいたい肩身が狭いものです・・。
でもこの懐の大きさがあるこの地だからこそ、自分が自分らしくあっていい。自分を大きく羽ばたかせてみよう〜という気がしています。玉川という地で思いっきり泳いでみようでありませんか〜

今はまだ移住のための住居探しが主な私たちですが、これから仲間が徐々に移住してくれば、お互いに手を取り合ってやっていきたいことが山ほど。皆、思いはひとつです。
今の時代、あまりお金にならない手仕事や自然の素材を使った暮らしの道具をつくる仕事をする仲間たち。安定したサラリーマンという仕事を捨てて(中には高給取りを捨て)、自然と寄り添いながら生きる暮らしを選択した仲間たち。

言葉には出さないけどお互いに描く共通のビジョンがあります。今の時代に捨て去られつつあるものを拾い上げながら、手づくりや手仕事を大切にしつつ、自然と寄り添いながら心豊かに生きるための生き方・暮らし方を、自分たちを通して発信していくこと。。

農のこと、食のこと、住のこと、衣のこと、子育てのこと、教育のこと、先人たちの遺した知恵のこと、私たちの関心事は『生きる』という事に尽きます。これから村の人たちに田舎のことを教わりながら、また若い新たな風も吹かしつつ、新たな時代の村を一緒につくっていければいいなあと思ってます。

幸いとてもラッキーなことに、現在の玉川支所長さんは、有機農業や食育の取り組みを早い時期から今治市に取り込まれた方!
このような支所長さんがおられる玉川、何か面白いことがおこりそう!!
私たちもこういった先進的な取り組みをもっと下の方から輪を広げていけれるように私たちも応援できればなあと思います。
官民ひとつとなって心豊かに生きる”衣食住・教育”の新たなモデルとなるような地にしたいねっ
やっぱりわくわくするところ玉川だわ

この様子、玉川ネットのブログにも紹介していただきました↓
http://tamagawa-net.jp/tamagawa/kikimimizukin/2013/08/25/%e7%a7%bb%e4%bd%8f%e8%80%85%e4%ba%a4%e6%b5%81%e4%bc%9a/

根を下ろす地へ。

 さてずっと長い間、自分たちが根を下ろすための地を探してきた私たち。
神子の森に徳さんの工房を構えて以来、この地がとても気に入り、生涯住まう地として空き家を探してきました。そしてこのたびついに!ずっと思い描いていたステージに!
神子の森のお隣、奈良の木に移住先が決定しました

本当は神子の森に住みたかったけど、神子の森の総代さんも「このあたりひっくるめて神子の森や!」と言ってくれたので決心がつきました。
徳さんの工房は神子の森。住まいは奈良の木。
きっと奈良の木でやることがあるんだと思います

住まいは私たちが思い描いていた以上の住まいでありました。
昔ながらの家づくりを広めていくためにも、しっかりとそして昔ながらの良さを秘めた住まいでなくては・・と思ってもう10年近くずっと探していただけに、ここで出逢うとは!といった感じでした。
しかも「ここに根を張る!」と決めて、無謀にも家を見るまで分からなかったのです。
ご縁というものは本当に不思議ですね〜。探してもなかったのに、向こうからやって来たという感じでした。なんだか最初からここに来る予定だったのではないかな・・と今は思ってます。

そう、さっき「奈良の木でやることがあるんだと思います」と書いたと思いますが、それがこの家を見てだんだんと見えてきました。
設計の仕事をしていると、その家の間取りを見ると、暮らしぶりや生き方の可能性というものが自然と見えてきますが、ホントこの家はまさに私たちに「こんな生き方、こんな暮らし方ができるよ」と語り掛けてくるのです
まさに私たちにとっての新たなステージとしての住まいです
その新たなビジョンについてはまた今度・・、温めつつ少しずつお話をしていきたいと思います。

おっと、でも移住は来年。その前にこの家の荷物の片付けや、修理をしなければいけません
20年近く空き家になっていたらしくあちこち綻び掛けています。
引越しのためには、もうひと頑張りがいりそうです〜
何事も一足飛びにはいきませんね。皆さん修理の手伝いに来てください〜

今年もお米づくり。。

 自然に寄り添って生きるために何より欠かせないお米づくり。
主食となるお米をつくるための稲作も、今や高齢化の波に押され、このままいくとあと数年で日本人の主食をささえきれなくなるだろう。ここ神子の森もお米づくりをしているその多くは高齢者たち。足や手を振るわせ、腰に痛みをかかえ、軽トラックに乗るのにもようやっとと言うようなお年寄りたちが、それを支えている。この状況を目の当たりにすると、あと5年もしないうちに国産のお米などそう簡単に手に入らなくなることが見えてくる。
そこでTPPによって多国籍企業が日本の大地をいいように荒らしまわって、ますます安全な食など手に入らなる事態がきそう・・
食べることさえもたいへんな時代が来るかもしれない。いえ、それは幻想でもなく又終わったはずの昔の話ではなく、これから近い将来に訪れるかもしれないという危機感を感じる。
ずっとそんな思いがあって食べる物は自分の手でつくる。そう、ずっとずっと昔ながらに引き継いできたこの答えにたどり着いた私たち。

お金があっても、食べる物を買えない時代が来るかもしれない・・。
お金があっても、お金は食べることができない・・。
大地を痛めつけ、地球が悲鳴をあげているのにもかかわらず、まだ尽きることのない幻想に追われて生活の向上を目指そうとする私たち。物は溢れ、溢れた物は捨てられていく・・もう十分すぎるほど豊かな日本だと言うのに・・

いったいどこに向かおうとしているのだろうか?
私にはわからない。
それ以上をもとめようとするその先に、本当の喜びがあるのかということを・・。
食べ物や生き物を育んでくれる環境を痛めつけ今があるという現実を、騙し騙ししながら進んでいく。
見るべきことを見ないふりをして、一時の麻薬のような喜びにうつつを抜かし、一体いつまで忙しさを理由に自分を失っていくのか・・。
世の中の状況は見れば見るほどに、一時的処方を繰り返し、致命的になりつつある現象が雪崩のようにそこかしこで起こっている。
だからと言って何かできる私たちではないし・・。できることはただ自分たちが生きるためのお米をつくること、野菜をつくること。そして昔ながらの家づくりを広めていくことだけ・・

結局のところ自分がどうであるかが一番大切だと思っている。
誰かが・・とか、周りが・・とかではなく、自分がどうであるかが一番問われているんだよね。
人を変えることはできないけれど、自分は確実に変えられることできるんだからね。
そんなひとりひとりによって、この世の中の現実がつくられていくんだから。
まずは自分の生き方をちゃんと見つめたい

お米をつくるってなんとも言えないほどの安心感と充足感があるんだよね〜
家族を養う1年分の、またそれ以上のお米が毎年毎年できて蓄えられていく。
生きていくためのお米があるって、何があっても大丈夫!という実感があるんだよね。
それは買って得るのではなく、自分で生産することに、代えがたい喜びがあるんだ。
お金が紙切れのようになったとしても生きられる術があるって、どれだけ素晴らしいことなのか
お金を使って買うことは簡単だけど、それって何かに依存していて、それが無くなれば生きられなくなることを意味しているんだよね。もし自分の手で生きていくために最も大切なものを生み出すことが出来たのなら、これ以上に安心なことはないわけで。なんかお米づくりって、そんな生きている(生きられる)という実感があるんだよね。

私たちのお米づくりが機械を使わないのも、買った肥料を使わないのも、もしそれが無くなってしまったら出来ない自分になってしまわないだろうかと思うから。だから敢えて使わない。
石油に依存することにもなるし。また窒素やリンや有機肥料は輸入に頼っていて地元の物ではないものが大半。地元にある物だけで回していきたい、それが私たちの発想。機械を使わないのも、また苦労ができる若い時だからこそだし。まあかなりストイックな考え方の私たちなんだけどね〜

さて田植えの方は、今年はかなり手抜きをしています。
今年は忙しすぎて、十分に世話も出来ていない状況。でもすごいね苗もちゃんとできた
我が家は基本スパルタです。でもそれは信じているから。何千年という歴史のなかでずっとずっと稲作をつづけてきた土地だからこそ。多くを求めなければ十分に私たちを満たす実りがあるということを。
NPO玉川サイコーさんも、雨のなかなのに取材に来てくれました。地域の方々に見守られながらの田植え、何よりも心強い私たちです

そして田植えには忙しい私たちを見かねて友人たちが急遽、手伝いに来てくれました
機械も肥料もいらないけど、友や仲間の大事さがよくわかるお米づくりです。
昔もそうだった。助け合いながら生きていた!
人間一人なんて生きられない。とくに自然とともに生きようと思うのならなおのこと。
そのことを感じさせてくれるのもお米づくりです。ありがとう!


おかげさまで1日半で1反3畝の苗が植わりました
自分たちだけだと、3〜4日は掛かっていたのは確実・・、ホントありがとう!
4年目のお米づくり、初めての地、神子の森で、
お米づくりがはじまると、生活にハリが出るような気がします
楽しみです!

春はいろいろと事件。。

春は野山に山菜を採りにいったり、頂いた竹の子をゆでたりと畑の合間に忙しい。。
そんななか神子の森の総代さんの集落への若者移住者受け入れの取り組みがニュースになることに。そこで私たち移住者にも取材がまわってきて、北野家は自宅リフォームの取材や奥さまの鋳造の作品づくりの取材などがおこなわれたのでした。

我が家のほうも取材を受けることになって、徳さんのほうの手織り畳表の機織の様子や、私の畑作業の様子を撮っていただくことに。

そこまでは良かった・・。北野家取材、畑作業取材待ちの合間に、ノコノコと一人で工房に用事があって来て見ると・・なな、ななんと!蜂の巣箱を置いている箱から、日本ミツバチの分蜂が始まっていたのだった
(※分蜂:蜂が親元から巣別れして多くの蜂を連れ伴って巣立っていくこと)
蜂の分蜂時期は知っていたけど、他の蜂仲間からはもうすでに分蜂が終わったと聞かされていたので、我が家も今年は分蜂に立ち会えなかったと思って残念がっていた矢先の出来事だった

分蜂する蜂を捕まえて新しい巣箱に導くことで、飼育の数も増えていくのだから絶対にこの機会を見逃すことは出来ない。正直、一人かなり焦った私
箱はあるけど、徳さんを畑まで呼びに行く暇もなく、また捕獲のための道具もなく、策を練るけどこのままではすべがない・・
急いで取材中の北野家に飛び込んで、ひとまず網がないか聞くと、運良く物入れから古い網が出てきたのでした
これで腹が据わった、ひとりで捕獲に挑戦することに
捕獲は始めてだけど、以前二度ほどは蜂仲間がやっている様子は見ていたし、蜂も刺すことなく優しく捕獲できれば、10分ほどのすんなりといく捕獲作業である
のハズだった

箱をセットし、塊になっている蜂の群れを網で優しくすくい取って、それを巣箱に移すという簡単な流れ。がっ!しかし・・優しくすくい取った蜂の塊が網にかなりの重量でドッサっと落ちた瞬間に、網の底が破けた〜!!!!
ぎゃああ〜、網が朽ちていた〜
たくさんの蜂がこっちに向かってやって来た〜のだ!
蜂の集中攻撃にあい、刺される刺される刺される
始めて蜂に刺されたかも・・しかしそんな事いってられない、こうなったら任務遂行あるのみである

破けた網をしばり直して再挑戦、しかしやはりまた破けて蜂に刺される刺される
でも少しずつ蜂を新しい巣箱に移せているかも・・?
3度ほど挑戦して蜂の塊もだいぶ少なくなってきた。(上の写真)

そこで徳さん登場〜 待ってました〜 畑に帰ってこない私を探しにきたのだ。
期待大にしたのですが・・あんまり近寄らない徳さん。
「網と防護のネット買ってこないと」だって・・・
えっ?だってそんなの待ってたら逃げちゃうし〜 あと少しだし

という事でらちがあきそうになかったので、引き続き私が捕獲作業をすることに
徳さん、側で見るの巻
おいおい、どっかそれ図がちがうんじゃないの〜と思いつつも、そんな余裕はなく。
ちょっと刺されつつも手馴れてきたのもあって、作業を続行。

そうこうしているうちに蜂たちも危機を感じたらしく、もとの巣箱に帰り始めたのです。
私が移した新たな巣の蜂たちも同様に、もとの巣箱に。あ〜完全に惨敗です・・
まあ、いっか。完全に失敗だけど、そのせいで分蜂は伸びた訳で、きっと明日また分蜂だから、道具や心の準備もそれまでに整うだろうから

お陰で蜂に顔を刺されまくり状態
えっ、この後すぐにテレビ撮影だったけえ〜
このブログを見た人だけが知っている、取材前の私の事件簿となってしまった。さてニュースでどんな顔をしてるんだろう〜

かなり刺されて蜂の針を手で抜きました。抜ききれなかったけど。
でも想像していたより、蜂に刺されるの大丈夫かも私。
いやはや、またまた女が強くなってしまいましたわ
えっ、明日はやっぱり私が最挑戦なのかな?まあ、ほっとけないし

良い子の皆さんはくれぐれも真似をしないように、お願いをします
春は思いがけない事件が多いですね。。

新たな地、神子の森で4年目のお米づくり。。

 4年目のお米作りが始まりました
徳さんの手織り畳表工房を構えた神子の森という地で、新たなるお米づくり。
集落の上のほうに位置するこの田圃はダイレクトに山の沢から水が自由にひける場所。こんな理想の場所を探していました
そしたらここ田圃の持ち主さんも、田圃を誰かやってくれないか探していたところでありグッドタイミング

肥料を入れないお米づくりなので、山のミネラル分が豊富に下りてくる田圃が私たちの理想でもありました。そして乾季でも水の枯れることのない場所。
今までやっていたところは時折、水が来なくて・・
ときどき知らないうちに水が来なくなったりしていて田圃が干上がった事も・・
昔は水で争いが起こったというのを嫌と言うほど感じた3年間でした
でもこういった体験も必要であったということを感じます。

まずは苗床をつくって、種おろしです。
十分に落ち葉を施す時間がなくて、今回は手抜きしてます。
我が家はポットに撒かず、直播スタイル。
大地のエネルギーを直にもらって苗が大きくなっていきます。
その分、あとで苗分けの作業がたいへんなのですがね

今年育てるお米は、古代米である黒米・神丹穂米・緑米・白米(仮称)と、主食となる松山三井とササニシキの6種。そのうち麦のようにノギのあるお米が神丹穂米・白米(仮称)となります。
神子の森の美しい風景に、古代にタイムスリップしたかのような赤や黒や緑の稲穂がたなびくことを想像するだけでワクワクしてきます

白米・仮称と書いたのは、実はお米の名前が分からなくて・・とりあえず白米と・・。
実は古代米で赤や黒の穂が出るなかで、白い穂が出るお米があると聞いて、友人のネットワークを借りて取り寄せてもらったお米。白い稲穂、さてどんなお米なのか?こちらもワクワクしているのです。
赤や黒に混じって白とは、ちょっと村でも話題になりそうでしょ

古代米大好きな私たち。ノギのある古代米は、イノシシもあまり食べたがらないというのが私たちの推測。獣被害も考えられる田舎での、ひとつの解決策となれば、いいかな。そうなると主食は全て古代米となりますね
まあどこまでいっても昔スタイルの私たちなんだけど 
なんか昔の物づくりって意味あることが多かったのは常々感じるところで、そんな知恵を借りたいと思っている次第です

パラパラと撒いて、あとは土を掛けて出来上がり。
水も撒かず、翌日降るであろう天からの恵みの雨を待って
お米という生きていくうえでなくてはならない大事な主食を育てるという快感は、つくった者にしか分からない喜びがあります。
多くをもとめず、ただただ生かされているという感謝のもとで。。
さあさあ、始まりますよ〜

これからの時期。。


 家づくりもひとまずひと段落をし、徳さんの工房開きも終え、ひとまずほっと一息するなかでこれからの忙しくなるであろう畑やらの準備をしております。
神子の森、ほんと美しいところ〜
美しい農村の風景が未だのこる村。こんな美しい風景に惹かれてやってきた私たち。

まるで桃源郷のようで、畑仕事をしながらウットリとしておりました。
覆い茂った草たちを刈り取りながら、次の命のための肥やしに。
神子の森の畑は2年目となりますが、少し土地の個性が分かってきたので、育てる野菜たちもその土地にあったものを選びます。やはり肥料に頼らない自然農法での野菜づくりは、土地との相性が最も大事。肥料の力で野菜を育てるのではなく、その土地で育ちたいと思う野菜たちを育てるといった感じ。だから雑草たちは自らの力で肥料もなく元気よく育っていくのですよね。

小麦もそだっています。以前にも挑戦した小麦だったけど、こちらも土地との相性が合わず作ってなかったけど、神子の森の畑で再挑戦。ならこの通りの育ちっぷり
自前の小麦でおうどん作りたいなあ〜。これが夢。でも夢じゃなさそうよね。

私の今日の仕事は主に土工事。里芋ゾーンをつくるために、畝をつくり変えます。
ここでの里芋づくりは始めて。それまでは小鴨部の田圃で尋常じゃない量の里芋をつくっていたから まあたいへんでした
ここではそこまで求めず、手軽にできる量をと思っています。そういっても来客やらお土産やらに里芋はよく使うので、それなりにやっぱりいるかなあ・・。

春は心地いい畑作業が私たちの主の仕事。家づくりの方もあと暫くしたら、嵐のような日々が待っていそうだから休息をかねつつ春の畑仕事を楽しもう〜っと

自然のめぐみたち。。

 日々、家づくりのほうも充実した毎日をおくっておりますが、こちら農的な暮らしも楽しんでいる毎日

マコモの栽培に今年は挑戦をしました。そんなマコモたちもこんな風に立派に収穫期をむかえました〜。っと・・言ってもほとんど全くといって良いほど栽培には手がかかりませんでした。ん〜私たち向きでしょ

 

マコモは浄化力がすごく水質改善にも良いらしいのです。そしてマコモの体内には400度の熱を加えても死ぬことがない黒穂菌がいて、身体の有害物質・腐敗要素を分解し、体外へ排出させるという身体の浄化(デッドクス)にも効果があるそうなのです。
たくさん採れるマコモは、友人・知人にお裾分け。手がかからないからお裾分け野菜にもってこいですね もちろん農薬や肥料も使いません。身体に美味しいものは、まず身体に良い物でもありますからね!

そして家の裏の野良ばえ野菜たちも、このとおり!
私の大好きな冬瓜たちは、畑のいたるところでゴロゴロ。ありがたい〜野良ばえ様
もう幾つ収穫したか忘れたほど、時には抱えきれないほどの大きさの冬瓜様であります。もう『様』なしには呼べませんね
夏野菜たちが終わるちょうど端境期からの収穫、とても助かります。そして冬の終わりまで保存がきくから、これまたありがたい。我が家の冬の鍋には、この冬瓜様が入ります。



そして野良ばえ瓢箪カボチャ様も収穫期にはいりました。こちらも冬瓜さま同様にまったく手をかけていないお野菜たち。肥料もなく、世話もせず、ありがとうです しかも大量に

こちらも友人・知人・ご近所さんにお裾分け品となっていきます。我が家だけではとても消費しきれないですからね。これこそ本当に自然のめぐみですね!

お次はミョウガ様。はい、こちらもあまり手をかけなくても(何もしなくても)収穫できる野菜さまです
ミョウガ様も年々、地下茎がのびて勢いが増していってます。
スーパーでは小さなパックに納まるミョウガ様も、我が家では毎日毎日、大量の恵みを与えてくれます。。贅沢にミョウガだけを丸ごと揚げた天ぷらを、大根おろしと生姜のはいった温かい天つゆで食べるのが大好き〜ミョウガだけを大量にいただきますよ 
旬の時期だけにできる贅沢といっていいです。その贅沢は、季節ごとに野菜の数だけあります。大地に足をつけて生きる暮らし、どこまでいっても豊かですね
こんだけ勝手にできる野菜たち、自然の恵み。みなさまも、育ててみてはいかがですか

神子の森にGO!

 理想とする暮らしをするために神子の森にGO!
いえいえ、今回は神子の森の隣の集落、奈良の木にGO!です

神子の森の総代さんがずっと私たちの移住のために動いてくれていて、しかしなかなか神子の森で条件にあった空き家は見つからず。そこで総代さんの構想も、『神子の森・奈良の木・古屋之谷・日の浦』の4地区をふくめての構想にかわってきました。狭い神子の森だけ若者たちがはいって来て活気付くのではなく、周辺の4地区全体が活気づいていくための壮大な構想にかわりつつあるのです。。

私たちが徳さんの畳表工房を神子の森に場所を構えてからというもの、なんだか総代さんは使命感を帯びたように動いてくれています。「若い人たちがはいって来ないと、あと5年後にはこの集落も駄目になってしまう。新しい風を吹かしてほしい!」そんな想いのもとここ1年、猛烈に動いてくれています。いつもお逢いする時には、分厚い資料が準備され、行政サイドから引き出せる施策や、若者受け入れに対する支援策など、総代さんが走りまわり調べつくしたと思われる資料が渡されます。それが毎回、毎回ですから、その半端でないパワーは頭がさがる思いです

総代さんは、一端は都会に出ており、県で働いておられた方。そして定年後、故郷の神子の森に帰ってくることに。そういった外に出た経験もあって、神子の森(いえ、農村部全体)がかかえる課題を手に取るように理解されている。「このままではアカン」しかし実際・・そういっても解決策はなく、犬の糞尿の処理に走りまわったりなどの雑事のなかで、少し気持ちが萎えていたところ、私たちとの出会いがあったのです。
「僕は県職員やったときも問題解決派の人間やったからね(笑)。まあおかげで上手に出世はできんかったけど(笑)。」
まさに需要と供給ではありませんが、互いがのぞみあう関係。そして総代さんも今までの経験をいかすべく村のための一大事業のようにあいなった訳であります。
神子の森の人々たちも同様に、村のために燃えてくれています。受け入れに対する歓迎の雰囲気は、新規転入者にとってはありがたいもの 私たちも今まで散々、移住のために田舎を見てきたけど、なかなかよそ者を簡単に受け入れるところは少ないです。そういったことが集落の未来をより狭め自分達の首を締めているのは否めなかった
でもここ神子の森が素敵だなと思えるのは、村の人々が温かいということ。そして考え方が先進的であるということ。今まで見てきたどの集落よりも、ヒト的にこの集落が気に入ってしまった私たち。
そんな温かさにふれ、総代さんや村の人々たちと一緒に、この村を良くしていきたいという気持ちが増していくのです。。

しかし・・神子の森に条件のあった空き家はなかなかなく、この構想は4地区に範囲が広がっていくことに。神子の森ならず他の地区『奈良の木・古屋之谷・日の浦』を共に良くしていこうというものに。
またこれは今後、若者の新規参入によって農村が新たな展開をはかって『新しい風』による農村部の活性化をはかるモデルとなっていくようにとの総代さんの願いもはいっています。私たちも大賛成これからの時代の農的な生き方・暮らし方・住まい方を発信していく拠点としては申し分のない所。モデルになりたい人と(笑)、モデルにしたい人、そしてそこに行政からも賛同者が現れて、なんだかちょっとこの頃、神子の森すごいです
総代さんの使命感はただならない。見ていて水をえた魚とはこの事のように、いきいきとしている総代さんなのです

さて、奈良の木の総代さんも、神子の森の総代さんと話の価値観が合って、新規移住者をこころよく受け入れる方向で動いて下さることに。奈良の木は神子の森より深刻な過疎化が進んでおり、この構想に名乗りをあげてくれた集落。動きは早く、さっそく空き家を見学させていただきました。ありがたい〜

期待半分だったのだけど、どの家々も申し分ないほどに立派!
一軒一軒まわるたびに、見学に同行したすでに移住しているK家と北野家の「いいねえ!いいねえ!」の尽きぬ声と、はしゃぎまわる私たち
今回は、我が家と、村構想を当初から一緒にしているU家の家さがし。これなら
とてもいい家ばかりなので、あとは持ち主さんに了解をえて、内部を見せてもらうことになりました。
早ければ今年中に決まるのかなと、わくわくします。

しかも造りが立派な家もあって、私たちがずっとずっと想い描いてきた住まいと重なります。
あ〜、もう心臓がバクバクしますね。夢がいよいよかたちに!いよいよかな〜