田植え番外編。援農。。

 田植えも無事終わった〜、、、と安堵につくや否や、次は援農の私たち
田植えのお手伝いに来てくれていたkimiちゃんの田圃、援農がえしに1日だけお手伝いをすることになりました。そしてありがたいことに、我が家の田植えに来てくれていたtakaちゃんも「田植えを手伝うよ」っと

決行日の当日は、台風も間近で天気はあいにくの雨
5畝の田圃を8人で雨に濡れつつの田植え作業となりました。例年は、kimiちゃんもお母さんと一緒に女手だけでコツコツと一ヶ月もかけて田植えをするそうな。
でも人数がいるとスゴイね〜、見る間に苗が植わっていきます
やっぱり人の力って・・実感
「kimiちゃん達だけだったら、この1/10も終わっていないのか・・」と考えながら植えていると、なんだか分からないけど馬力が沸いてきました。そしてみるみる5畝の田圃に苗が植わっていきました。まだお昼前だと言うのに田圃の2/3はすでに苗が植え終り、お昼休憩 
kimiちゃんがお昼のお料理をいっぱいつくってくれていました。しかしお昼を食べはじめると、雨で思いのほか身体が濡れていて、強くなる雨風に身体がすっかり冷えてきました みんなブルブル
kimiちゃんもこの寒さと雨風に田植え継続は無理と判断、ご飯が食べ終わるやいなや即座に撤収し、温泉に浸かることに。

温泉後はすっかり回復〜。その後は我が家でお茶談義となりました。
田圃のほうはほぼ終盤までいっていたから、あとはkimiちゃん達だけでも十分大丈夫でしょう。こうやってほんの少しの支えあいで、ぜんぜんたいへんさが変わってきます。いつも田植えが終わると、なんともいえない一体感を感じる。労を共にした仲間。その感じが大好き
kimiちゃん親子も「ホント信じられない〜」と。一人でやっていると限界があるけど、こうやってみんなの力を借りると違うねと 
一人だとやっぱり機械に頼りたくなるところ。でも機械に頼ると言うことはそこにあったコミュニティをもなくすということ。昔は村ごとにそれぞれの田圃を皆で手伝ってやっていたと言う。生きていくための田圃を一緒に共同でするって、それだけ絆が強かったと思う。今は支えあわなくても生きていけれる時代。買えば済むしne・・。でもその便利さのなかで無くしてきたものは多いと思う。
こうやって田植えをしていると感じる。。

そうこうしていると話が尽きず、別れ惜しくなってくると「ごはん食べていく〜?」の、いつもの私の一声。手打ちうどんを皆で一緒つくることになりました

 

これまた一緒につくる手打ちだから楽し!
麺を踏んだり、伸ばしたり、切ったり。材料を揚げたり、準備したりと皆で作業を分担します。伸ばす生地が薄くなったり、麺が大きくなったりして、皆で冗談を言いながらの楽しい作業です。

そうして出来上がった手打ちうどん

ふふふ、美味しそうでしょ

あれだけ騒がしかった皆も、このうどんを食べている時って、ほんと無言 
美味しいものを食べる時って、不思議と黙りこくってしまうのが可笑しい
あれだけお茶タイムでお菓子を食べたのにもかかわらず・・

ははは〜、うどんは別腹のようでした 美味しいものは、みんなをひとつにしてくれますね
満たされた気持ち。。
田植えをご縁に「山登りをしよう」と山登りチームが結成されたり、お互いの抱えている心の悩みを打ち明けたりと、話の尽きない援農の夜になりました。。

いよいよ田植え。。2日目

2日目の田植えは、4年目の我が家の田圃です。
昨夜から泊り込みの参加者takaちゃんと、毎年田植えを手伝いに来てくれるseiちゃんと一緒に田植え作業となりました。
両日参加してくれた熱心なtakaちゃんは、昨日参加してくれた職業訓練校の面々と一緒にAASTUDIOに昔ながらの家づくりの話を聞きに来てくれたのが知り合ったきっかけ。その後うちに来た事がきっかけとなって「農をめざしたい」と今は菜月農園さんところで援農をしながら農を学んでいるそうな。
自らが化学物質に反応して病気になったこともあって、身体に優しい農や食を生み出したいという想いが根底にあるみたい。ぜひ頑張ってほしいところです。。

さて昨日と打って変わって、田圃の様子は異なります。
田圃は草を刈ったままで耕転をしていないので、どろどろとした感じはありません。
田圃には毎年落ち葉が敷き詰められ、落ち葉の層が出来つつあります。これが稲たちのご飯になっていきます。そしてそこに鎌で穴をあけて、苗を植えていく作業。昨日とは手ごたえ感触がまったく違います。

 

昨日は泥のなかに苗を植える?っと言って良いのか・・とにかくプニョプニョの泥ですから植えた感じがしない。しかし今日は、しっかりと穴を掘って植える、という手ごたえがあります。なんだかしっかりと根付きそうな感覚があります。。
まあ前者が普通の田圃ではあるのですが、自然農でやっているとそう感じてしまいます
しかも足を泥にとられない分、動きやすい。手植えするなら断然、自然農の方がやりやすい!

田圃のあちこちでは、ひこばえ(刈り取り後のイネの茎から自然に出る側芽が伸びたもの)が見られたので、これも生かして立派に成長するか今後観察をしていくことにしました。うまくいけば私の理想でもある、あまり人が手を加えなくても自然に稲が育ってくれる勝手映え農法ができるかも なんてね。。


そして籾が自然に落ちて発芽して大きくなった野良映えも、こんな立派な姿で田圃に見受けられました
ほほほ、私たちが苗床をつくって育てた苗よりも立派でしょ!
やっぱり野良映えスゴイ!今後が楽しみです。

毎年、こうやって新たな発見ができるところが農をやっている楽しみ!そのなかにある自然の摂理をみて、いつも学ばされます。神さまがつくった素晴らしく上手くできた循環という摂理を。そんな一片を知るということが、何故だか分からないぐらいに湧き上るようなワクワク感があるのです。

さて、お昼時間です。。(今日は写真を撮り忘れずに)

ふふふ。。
今日も言わずと知れた、幸せタイム。。

 

みんなのお陰で、こちら1反ほどの田圃も2/3の田植えが終了となりました。ありがとう〜
でも苗が随分とあまってしまいました
今年は発芽率もよく、草にも負けず、鳥にも思ったよりは狙われなかったのもあって、しっかりと作りすぎたようです。お手伝いに来てくれたkimiちゃんにお分けすることに。それでも余りすぎてしまうのですが、これもまた土の肥やしとして還ってもらいます。もったいないようだけど・・。

 

田植え終了後は、田圃の周辺にある紫蘇採り放題
紫蘇も買うと高いですが、自然の野良映えで出てきた紫蘇たち。醤油とごま油を混ぜたものに漬けて海苔のようにしてご飯とともに頂くと絶品!なのです。たくさんもって帰ってもらいました。

そして我が家の好評の自家製ひじきと、手作り無添加ラー油もお土産に。この日のためにラー油は手作りをしました。2日目は乾物屋seiちゃんのいつもの差し入れ煮干も、みんなにお裾分け。(seiちゃんいつもありがとう)

そしてみんなと話していて・・、感謝祭というのもイイねと
採れたお米でお餅を一緒について、こうやってお手伝いしてくれた方々にお餅をふるまったり、持って帰ってもらったりすること。どれだけのお餅が我が家で出来るのかは分からないけど・・、ずっとお餅つきもみんなでやりたかったので良案!お正月前に一緒に餅つきをしたいところですね〜 
おっと、、その前に収穫のお手伝い(手刈りです)もぜひお待ちしておりますね〜

どんどんとイメージは膨らんでいきますが、稲は植わったばかり
まだまだこれから。順調にそだってね〜。
ひとまずは、お手伝いに来てくださった皆さま、どうもありがとう
そしてお疲れさまでした。。

いよいよ田植え。。1日目

 いよいよ待ちに待った田植えです
興味のありそうな方々に呼びかけていましたが、土日の両日とも、お天気は雨
梅雨時期だからこれも仕方がありません・・。
「雨でも田植えに来るよ」といって下さる方々のみ、募りましたところ、ありがたや〜大勢の方々に来ていただけ、田植え実施となりました

神子の森がこんなに賑わうのはそうないことです。しかも大雨予報の日
道行く車が「なんだなんだ」という感じにスピードを緩めて見ていきます。

こちら神子の森の田圃は、今年借りた新たな田圃です。
借りた際にはすでに田圃を耕転してあって、今回の田植えは泥でぬかるんでいる状態です。
まあ、これが普通といえば普通なのですが・・
いつもの私たちのお米づくりは自然農ですから、泥でぬかるむという事はありません。
今回は私たちにとっても正直、わくわく・どきどきんの初体験の田植えとなりました

案の状、雨も降るなか、ドロドロの田圃。
苗を植えるより、泥にはまった足をひっこぬく方に力がいります
う〜ん自然農の田圃とは大違い!


でもみんな楽しそう。シリモチをついてパシャリ
雨も味方になってくれているのか、田植えの最中は気になるほどの雨があまり降りませんでした。

さて待ちにまったお昼!雨の日でもあったので暖かい食べ物を用意。
準備万端の参加者さんはビール持参の方も さすが心得ています!
わたしもすっかりお呼ばれして 一緒に食事を囲みながら、ひと時を楽しみました。
たくさんあったお料理も、すっかり食べる事に夢中の私は写真をとり忘れ・・
その後の3時のスイーツの数々が、また凄かった
参加者さんたちが持ってきてくれたのもあって、プリンに草もちに蒸しパンにホットケーキなど4種類ものスイーツが並びました
お田植え祭は、まるで食の祭り!←まあ、確かにその通りなんですけどねっ
昔はこうやってご飯を一緒にしながら、皆の力をかりて田植えをしていたんですよね〜。

みんなで一緒にひとつになって田植えをして、それだけでも不思議な連帯感がお互いの間に沸いてきますが、ご飯を一緒にするとなおのこと。だから食べる事は手をぬけません
ホスト役の私としては、それがお手伝いに来てくれた方々への感謝の気持ち。

食事後、スイーツ後はみんなのガソリンも満杯になって、なんだか張り切りようが違う感じでした

そして、ずっと今まであまり降らずに待っていた雨も、最後の最後にドシャブリ
でもあとは温泉が待つのみの皆は、もう後先かまわずの泥んこで、田植え終了となりました〜。

田植え後の温泉は最高〜
疲れもふっとんで、夜は我が家で、ベジお好み焼きをみんなでいただきながら、
夜遅くまで『生き方』について語りあいとなりました。。

すっかりご無沙汰。。

 すっかりブログをご無沙汰。この5月は、いっぱいいっぱい書きたいこと山ほどだったのに、ひとつも書けずでした  

ほんの少しだけ。。
GWは、いつもの恒例の味噌づくりをおこない、今回もたくさんのご家族が参加してくれました。ホントいつもながら味噌づくりって面白い!
みんな子供のように純粋に、そして見ず知らずの者同士だって心からオープンになれるから不思議です。子供のように純粋になれるからこそ、心がオープンになれるのかも。味噌づくりの場面では微笑ましい光景がたくさんあって、私はホストとして、いつもその光景を密かに楽しませていただいている次第。これがやめられない理由



 

そして残りのGWは、心おきなく畑三昧のわたしたち!
普段から畑はしているんですが、仕事のことも完全にオフして畑というのは、やっぱり長期休暇の良いところ。徳さんとふたりで静かに畑を楽しむ私たちでした。

特別にどこか出かけることもなく、こうやって畑で、日々成長していくお野菜さんたちや、訪れてくる虫さんたちや、自然の様子を観察することのほうが心地いい〜
逆に言うと、レジャーや買い物や観光ではもう満たされない自分たちを感じます。以前から言うとかなり変わりましたね。

畑には手づくりのチマキをもっていって二人でお昼をしたり、珈琲とオヤツで休憩したり。何処でも味わうことの出来ない有意義な時間がそこにあります。。

 

種を撒いたお米のようすを見に行ったり、山に行って竹の子を掘ったり、山菜をとったり、それを夕ご飯にしたりと、ただそれだけのシンプルな毎日のGW。
言えば・・ただただ生きていくためのシンプルな日々。食卓はいつも豊かで、採れたての山菜や心から身体が喜ぶ旬の野菜がのぼります  シンプルだけど贅沢

もう外食をしてもぜんぜん美味しさを感じられなくなり満足いかない私たち・・そこに喜びが感じられないのです。こうやって山の物、里の物、海の物で安心できる旬の物、自分で採った物は最高に美味しい!そう、そんなに多くをもとめなくても十分に満たされるものは、外にはなく、すぐそばにあるんですよね。

GW以外でも・・先日広島へ、化学物質や電磁波の勉強をかねて(麻美さんのブログにあり)AASTUDIOの慰安旅行もかねて行ってきましたが。ははは、調べに調べつくして行った食べ物屋さんでも、やっぱり喜びが低い・・・・ そこそこに味は良いのですが、んんん・・身体の奥深くから沸いてくる満足が薄い・・。やっぱり結論は「おうちご飯に勝るところなし!だね〜」と、しみじみ家のご飯のレベルの高さを思い知った次第でした。

そして、どこ行っても人が多いし、車が多いし、人工物だらけ・・大丈夫かな〜・・
とどめに電磁波と化学物質の話を聞いて、いろんな事が納得!
やっぱり人間は自然界の生き物、自然のリズムにあわせて自然にそって生きることが健康や長生きや真の喜びにつながります。食べ物も生き方も自然に外れているから、どこか本質的なところで満たされないものを「もっともっと」と買い物をする事や物を持つことや権力やお金で満たそうと求めるんだと思います。 

電磁波も、人工的に生み出された電磁波は生態のリズムを狂わしたり、病気の原因に。しかし様々に研究者が電磁波の身体への悪影響を研究結果に出しているにもかかわらず、この国はなんの行動もおこさない。利益(経済)がからむので、マズイ事は伏せておくという体質は、原発の現状も然り、ここでも同じな様子・・

ちなみに放射線も電磁波のひとつ。放射線のことは関心が高まっているけど、日々日常的に被爆を受けている電磁波には無関心な私たち。これも変ですよね・・。
放射線は内部被爆があるだけで、あとはなんらその影響は人工的な電磁波と変わりないとの事。日常的にあふれている携帯や家電や送電線などからの方がずっと被爆量も頻度も高いというのに。今回の講演で、電磁波の危険性をお話していただいた荻野晃也先生は、京大にて放射能を研究し、結果原発に反対し活動して来られたその道の第一人者。 伊方原発原告証人のお一人でご尽力された方でもありました。その方が、電磁波の危険性を今おこっている福島原発の放射線と同じレベルで語られているのがたいへん興味深かった。。
人類始まって以来初の電磁波被爆におかれている私たちは、人体実験そのものをおこなっているのと同じなんですね。しかもその研究の多くの事実に目を伏せ、経済優先で物事を進めているのが今の世の中の姿勢。
放射能と同じく、もっと関心を寄せねば、私たちの未来はないのかも。。

お米づくりの準備。。

 農的な暮らしも家づくりと同じように大切な我が家の日課。
そろそろ主食でもあるお米づくりの時期です。
今年は、共同作業でのお米づくりも加わって、いつもの2倍ほどの苗床の準備。
たいへんさより、むしろ人数いるほうが楽しい作業です。
徳さんひとりが作業するより、こうやってお互いに協力しあったりする共同作業ほうが、なんだか美しいエネルギーが発しているのに気がつきます

お米は今年、緑米と黒米があらたに加わって色とりどりといった感じ
田圃の風景も一品種一色というより、色々な顔つきがあるほうが多様な美しさがあって好み。
主食は地元のお米でもある『松山三井』と『とよさと』ですが、あとは古代米を数種と自然農法の提唱者福岡さんの『ハッピーヒル』、香米などを予定。
主食でもあるお米をつくるのはいつもながらワクワク感が高いです

きっとhiroさんsinさんもワクワクしているハズ
自分たちが食べるお米をつくるのですから、この喜びは何物にもかえられません。
私達もそうでしたが、お米づくりってハードルが高そうって思われがちなんだけど、意外に簡単!
肥料などあたえなくても、コンバインなどなくとも出来るのがお米づくり。
豊かな水があるからこそ出来る、それが日本の稲作です。

今後、揺らいでいくかもしれない食事情に、しっかりと自分たちの食べるお米は自分たちでつくるということを身に着けておきたいところでもあります。
耕作放棄地は山ほどあって、そしてあと5年もすれば辛うじて高齢者によって支えられている日本のお米づくりの現状は大きく揺らいでいくことになるのは目に見えています。田舎ではいつもそんな問題が囁かれています。「国や政府がなんとかしてくれる」っと言うのは大間違い!自分たちのことは自分たちで考えるが基本です。国や政府が『安全と安心』を私達に与えてくれたでしょうか?考えれば自ずと分かること。

私達はこれからしっかりと共同体としての試みを実践するために、初の共同体としてのお米づくり、畑づくり。援農ともニュアンスは異なります。耕作放棄地は山ほどあるので、今後、共に助け合っていく仲間が増えればいいなあ〜と思いますね。

お昼も、みんなで持ち寄れば、豊かだな〜
お天とさまの下、一緒に共同作業をしている者同士、和気藹々とお昼をするというのも格別な時間。本当にいい空気が漂ってます。。
出遭ってまだ2ヶ月ですが、もうずっと長く付き合っているような感覚。
共同作業ってスゴイね〜
こころをひとつにして頑張りましょ。。


共同作業って、スゴイ馬力!

 移住予定地である神子の森に、田圃と畑をかりることになりました。
ホント神子の森の集落の人たちはイイ人ばかり。
ん〜これも総代さんの「若い者を村に引き入れたい」という力あってこそ
ますます好きになっていく集落

さてお借りした田圃は、我が家に新しく仲間入りとなった北野さんと、下の集落にお住まいで最近お近づきになってお米作りをしてみたいというhiroさんの二人が主になってやることになった。
お米づくり1年生のお二方に、お米づくり3年生の徳さんがサポートすることに。

まずは田圃に水をひく水路の掃除から。
もうしばらく使われていなかったようで、水路の入り口となる土管には土がつまって水が流れません・・
竹を伐って、その竹を土管のなかに差し込み、竹筒に土をふくませ取り除いていきます。それと同時に水路にたまった土や草も取り除いていきます。
予想以上に、土管のなかには土がつまっているようで土管の入り口・出口の両方から土を取り除けども、なかなか水が出てきません・・。長い竹が土管のなかに入りきっても、まだ出ない・・。
水路も土や草が除かれて、あとは水が流れるのみとなっているのに・・

はてな?と頭をかしげつつ、竹でさらにつついてみる。はたまた何か水が出ない仕掛けがあるのかと周辺を探ったりして。やきもきしつつも、しかしそれ以外に考えられることもなく・・、意を決してさらに竹でつついてみることに。

 

するとポコンといったような音がしたかと思うと、勢いよく水がながれはじめたのでした
男たちの喜ぶこと喜ぶこと
そう、小さい頃に砂山をつくって、あっちとこっちから穴を掘っていって互いが開通した時の喜びに似た、まるで子供のような喜びようです!

でも乾ききった水路の水が流れはじめるというのは、なんだかこれから始まる神子の森でのお米づくりでの喜びを彷彿させ、心がとても踊るのです
生きていくためにお米は欠かせないもの。お米と塩と少量の野菜があればどんなことがあっても生きてはいけます。そのお米を自らの手で生み出すということ。それは例えようのない喜びでもあるのです。

さて水路の水が流れはじめ、次なるは・・田圃の畦づくりです。
深水にてお米づくりをする予定なので今の畦をもう少し高めに築きます。
そして田圃のなかの周辺部に深い溝をつくって、水の通り道をつくってあげます。

男3人が揃うって、すごい馬力を発しますね
いつも徳さん一人の時とちがって、見る間に作業がすすんでいきます。男3人が集まれば、一人の力が倍増するみたい。一人がかりで3日超かかるものも、3人でやれば1日もかからない。
巧みに互いの連携プレーができあがって、またお互いに目に見えてはかどっていく光景に、さらにやる気がかかる様子。見ていて本当にたくましい限りです

女性陣たちは、男性陣たちの労をねぎらうための、愛情のこもったお昼とおやつを用意し、黄色い声援をあげます
力をつかう畦づくりの作業、男性の力はつくづくすごいな〜と実感。そしてそれを見守る女性の役割もとても重要ではありますね。

さて次回は、苗床をつくってお米の種をまく予定です。
今時は苗も農協でかってきますが。何事も買うことありきになると、本当の力がつきません。それに自分たちが生きるお米をつくっているという土台がゆらぎます。だから種をまいて苗も自分たちで育てます。さてさて一歩一歩が着実な一歩。楽しみですね

田圃しごとに加え、大きな畑も借りたので、こちらも何をつくろうかと皆で計画中です。
イノシシ、鹿、猿などの獣の被害もあるようなので、悩むところ。だけどひとまずやってみなきゃ!

この神子の森でのお米づくりや畑しごと、そしていずれは移住しての暮らしは、私たちがめざす共同体としての営みの一歩。
今は家族単位で、集落単位で、社会単位でそれぞれが個人個人に切り離されてしまった時代。
そんな今の社会システムとは逆行するかもしれないけど、お互いに助けあいながら子育てをしたり、生きていくための食を生産したり、互いをフォローしたりしていく。一人で出来ない取り組みだって、仲間がいればこそ実現できることだし。お互いの想いやビジョンを高くもって共有しつつ、実現していくために絶対的な力になるのはこの共同体としての力があってこそ
共同体として生きることが出来れば、子育てのためやお年寄りたちを施設に無駄にお金をつかって預ける必要はなくるだろうし、身体を悪くする食料をお金をつかって買う必要もなくなってくる。個人で出来ない事を行政が替わって介入するための費用も多くは必要なくなる。多くのことは互いに協力しあえば、出来ないことはほとんどなくなるだろうに。。

言い換えれば、昔あった共同体から私たちが個人化されて無力化されてきたのも、力をもたれると困る者がいたのかもしれない。個人の力など社会を変えるには無力であると思わされてきた私たち。結果、お金を持つものが権力を握り、大きな企業や権力者が思うように政治を影で動かしたりして、社会を自分たちの意のままで動かしてきたことが言える。原発然り、豊かであったはずの自然や環境が産業や経済活性化という名の下に壊されてきたことが全てを物語るように。。

力を合わせると、力は一人の時よりも確実に大きくなることが、身をもって感じられたところ。
一人で生きるより力を合わせて生きる方が断然力になる!そして何よりも喜びをお互いに分かちあったり、支えあったりというのは精神的にも豊かになるという事をとても感じる。。
支えたり、支えあったり。一人よりも二人、二人より三人、三人より・・。。
力も喜びも、二倍三倍になる。。
豊かさをもとめて、ただいま進行中です

豊か、豊か!

 先日の日曜日は大潮。
この時期、大潮といえば・・そう、ワカメ採りでしょう〜笑

前回もうすでに十分なぐらいにワカメのストックは冷凍庫に詰まったので、今回はいつもお世話になっている方々へのお裾分けのためと、AASTUDIOの仲間入りとなったK家の1年分のワカメ確保のため。
あと重要なのが・・K家の新居空き家改修のため、左官見習いのマーくんに助っ人で来てもらうお礼のために、マー君家の1年分のワカメ確保のために行ってきました。

海の幸は、無償でわたしたちを待ってくれています。ありがたい
大潮で今までになく潮も引いていたということもあって、ワカメは予想を超えた収穫量に。海の幸は、到底すべて採りきれるものではなく余りあるほどに私たちに無償で与えてくれます。
これもワカメが生きられる自然あってこそですね。

そんな収穫したてのワカメをさっそく小分けにして、友人たちや集落の人やお世話になっている方々にお裾分けをします。そして翌日は朝6時半に家を出発して、打ち合わせもあって内子の友人たちにワカメを持っていきました。
ほほ、すると・・
まるで物々交換をやっているよう
色んな物がかえってくる。
炭焼き職人さんからは、炭。農家の方からは野菜や卵。旬のタケノコ初採りまで!
ワカメが化けて帰ってきたみたい
とってもありがたい〜

なんだかとっても豊かな気持ちになります。
かえってきた物は、どれも自らの身体をつかって生み出された物たちばかりだから。
しかもそのどれをとっても貴重な無農薬での栽培だったり、手間をかけて生み出された物たちばかりだから。

豊かな物と豊かな物との交換。。
そこには語り尽くせないほどの豊かさがあります。
気持ちの豊かさや、人の暮らしの豊かさ、自然の豊かさ。

お金をつかって買えばいか程に?
邪道な問いに・・、それはお金では買えない、豊かさがあると確信をもって言えます。。
なんだかそんな豊かさに心が満たされた一日でした







移住計画進行中。。

 水面下で移住計画進行中です
今年にはいってからというもの物事が加速しているようです。
願うと叶う、思うとやって来る
恐ろしいぐらいのスピードであらゆることが展開していっている私たち。
ついていくのがやっとです

実は、AASTUDIOに新たな仲間が加わります。
AASTUDIOに・・というと、ちょっと微妙なニュアンスなんだけど・・
昔ながらの家づくりを一緒に広めていく同士・仲間といったほうが、シックリくる感じがします。
ずっともとめていた同職の仲間
価値観も同じで同世代。設計のほうもなんら問題もなくもうバリバリとできる方なのでホント私にとっては心強いかぎり。彼とは建築だけの事ではなく、私達のやっている農的なことや暮らしのこと全てを一緒になって今後やっていくことになります。
お米づくりや畑、味噌作り、旬の野草刈りなどなど、力をあわせて共に生きていくための仲間というわけ。循環型の豊かな暮らし・美しいビジョンを実現していくための、また仲間がひとり増えたという感じです。もうすでに同じ想いをもって動いている仲間もいます。それぞれ生きがいややり甲斐のある仕事、子供たち未来に遺していきたい仕事を身につけるため個々に修行にでています。その友人たちも、あと2、3年ほどで皆帰ってくる。。
一緒に集まって暮らしながら、助け合ったり、分かち合ったり、発信したり。
わくわくします

そんな構想が、我が家にあらたに加わることになったK夫婦の出現とともに、さらに扉が開かれ始めたようです そういえば麻美子さんがやって来たときも、私達にとっては今治の地に移住という大きな変革の扉がひらいた時でしたっけね。

 

彼らの引越し先として、私達がいずれ移住したいと思っている神子の森の集落がふさわしく、総代さんにも空き家をお世話していただくことになりました。
総代さんも神子の森の集落のためにも、今若い人にはいってきてもらうことが村のためにも必要不可欠だと言われています。あと5年もすれば高齢化により、草を刈ったり、水を管理したりなど、村そのものを維持していくための人手がなくなるなどの問題を抱えているからでもあります。
私達は草刈や水管理も村を維持するため共同体としての大切な作業と思っているから、それがたいへんだという気持ちはありません。むしろそういった共同体として支えながら生きるという事を見直していく時代のような気がしています。

不思議なことに扉が開かれはじめてからというもの、縁がつながるつながる。
やっぱり移住の時期がきたのかな。わくわく!

ここ神子の森の総代さん、私設の里山公園をつくっています。
自らで山から木を伐りだして広大な土地に遊歩道をつくったりして、集落内外を問わずみんなが楽しめる公園をつくろうと。炭焼き小屋も、まだ完成していないんだけどこれから一緒になって楽しめそう。山菜を根づかせたり、草木を植えたり。どんどんと私達にも積極的に活用をして欲しいと言ってくれているので、今後ここで林間学校のようなこともできたらもっと楽しいだろうなと友人たちと構想しています。子供たちが山菜をとったり、それを料理して食べたり、保存食をつくったり、自然のなかで学んだりできる場。そして暮らしのなかから知恵を学ぶ場をつくりたい。仲間もみな同じ構想をもちます。そんな構想にぴったりの場

私のほうは木と土の家づくりを広めていくための活動の場としても考えたい。親子そろって木と土の住まいを学んでいけれるといいな。仲間には左官さんもいるので、竈をつくったり、蔵をつくったりして、つくる過程のなかから木と土と自然そして暮らしを学んでいく。。
さっそく椎茸刈り体験を総代さんにさせていただきました。
みんなで支えあってすれば、きっと素敵な森になりそう

念願の地、神子の森へ。
この美しい景色のなか、豊かな暮らしを発信していきたい。
私達のための良い空き家がみつかりますように。
春の生き物達の躍動感とともに、理想の住まいが見つかるという確信がしています。。

春のきらめきに。。

 日に日に春めいてきました
家のなかに閉じこもっているより、外の方がお日さんがぽかぽかして暖かい。。
そのせいか?身体がお外に出たがってムズムズしてしまいます。
畑のほうも色々とやらないといけない事が出てき始める頃。
お外に出たいという衝動も、この自然のリズムにそっている証ですね。。

そらまめの支柱や、えんどう豆の支柱を立てたり、
ほうれん草の種を撒いたり、ミョウガを移植したり、じゃがいもを植えたり、
これからの種まきにそなえて畑の準備をしたり。。

支柱立てが遅くなってしまった、えんどうも春を感じて、急ピッチに成長を始めだしています。可愛い
なんだか愛おしくなってきます。毎日毎日、成長していく姿が楽しみでなりません。

こちらえんどう豆の脇にある野良映え大根たち。
余った種をばらまいていたら、いつの間にやら大根たちがニョキニョキと。
こういった大根たちは食べきれないぐらいにあります。
立派な大根にはならなくても、葉を炒めたり、お浸しにしたり、佃煮にしたりと、ありがたいのです
もう暖かくなってきたので、小さな花芽がつきはじめていました。

はは、そんな花も食べちゃう私たち
大根もそうですが、畑にはえてくる自然の野良映えの菜の花は、私たちの春の貴重な食材のひとつでもあります。花芽をプチプチと摘んでいき、茹でてサラダにしたり、お浸しにしたり、炒めたり。
独得のほろ苦さがあって、この苦みを身体が欲するのです。
春は、冬に溜め込んだ身体の毒素を排出するため、こういった春先の苦みのある食べ物を身体が欲するのですよね。不思議ですけど、身体が自然と教えてくれるんです。
自然のリズムと私たちの身体はひとつ。つながっているんですよね。。
ちゃんと自分に耳を傾けてみて、きっと誰にでも分かるはず。

それにしても美しい花々ですね。
完璧なまでもの美しさにいつも脱帽です。。
神さまがつくった造形は、すべてが調和した理にかなった無駄のないデザイン。
見習いたいといつも思います。

春菊たちも、今はワッサリとこのあり様。
ホホホ、こちらも食べきれないぐらい
私の場合、几帳面に種を撒いて・・なんて出来る限りせず、 
昨年の種が実った時に、そのままその場所に種をほぐしてばらまいておくのです。
そうすると勝手にこんな感じ。。
はは〜あんまり余計なことをせずして、時期がきたら頂けるのですから、ありがたい。
もちろんピンポイントで手をかしてあげることはあります。
草のほうが精力が強くて、負けそうな時。
このままだと負けちゃうなという時は、手を貸します。
なんだか子育てと一緒だと思いませんか

わさび菜は今回はじめてでしたが、こちらも十分なほどに育ってくれました。
サラダとしていつも重宝します。どんな花を咲かせてくれるかが今から楽しみですね。

その他、ニンニクや玉ねぎが急速に成長中!
頑張っておくれ。。

こちらミョウガさん。まるで宇宙人の足のよう
地下でニョキニョキと縦横無尽に根をはっているミョウガ。
もうすでに春を感じて新たな可愛い芽が出始めていました。

こうやって植物たちはもうすでに人間の知らないところでみんな春の準備を始めていました。春を感じて居てもたってもいられない私の身体のムズムズと、グイグイと伸び始めている植物たちは一緒なのかも
そう考えると、嬉しくなってきます。
私たちもちゃんと自然の一部なのですね。。

『自然』って言うと、どこか自分とは別もののように考えがちだけど、
ほんとうは自然=自分。
自然を大切にすることは自分を大切にすることに繋がっているんだよね。
自然なくして私たちは生きることは出来ないんだもの
だから、自然と私はひとつ。

言い換えれば、自分を大切にしてあげられないというのは、自然を大切にすることはできないという事。自分の身体の声、心の声に耳をすまして、自分を生かしてあげること、とっても大切です。
こうやって畑のなかで春の美しさに身をおいていると、身体のなかから喜びが湧き上がってきます。
自分を大切にしていれば、自然と自然が愛おしくなってきます。

自然を大事にしたい、そして自分を大切に。
畑しごとをしながらそんな事を感じました。。

海も旬。。

 

山の次は、海?
雪が舞い降る日・・風邪をひいたかも・・なんて言いながら
潮見表をみながら居ても経ってもいられなくて・・
「さあ!海に繰り出すぞ〜」と相成りました

この季節だけの・・しかもそのタイミングはひと月に一度か二度ほどしかありません。
だから何をさておき、悩んでいる暇はありません。身支度をしてイザ海に出発

時折、小雨まじりのような雪が舞う中で、潮が引いた時を狙って採るのです。
貴重な海の恵み『わかめ』。。

どなたかがすでに採った後でしたが、それでも1時間半ほどで収穫終了。
1年分のワカメを採ることができました

さっそく帰って収穫祭かのような食卓。
帰って早々にしたのはワカメラーメン
何故って?
ワカメたっぷりのラーメンが食べたくなったのです。
麺も自家製です。

採れたてのワカメをこれほどまでに入れたラーメンは日本中探してもうちぐらいでしょう
ワカメの薫りを損なわないように茹ですぎずに・・
はあ〜、、ワカメの出汁もイイ感じに出ています。
採れたてのワカメの薫りは、市販のワカメとは雲泥の差です。
ワカメラーメンと呼べるに相応しい、ワカメの薫りが麺にからまって、最高
まるで海そのものを食べているかのよう。。
心底、ワカメラーメンって美味しいな〜と思いました
(もちろん採れたての天然ワカメでなくてはいけません)

その後、採ってきたワカメは茎と切り分けて、パックに小分けをして冷凍保存します。
乾燥するより冷凍の方が風味と食感を失わずに美味しいのです。
これでいつ来客がきても、美味しいわかめを振る舞えるでしょ

夜な夜な、1年分の小分け作業がつづきました

翌日は朝から、残ったワカメの茎をつかって常備食づくり。残さず食べ尽くします
茎の佃煮は、ご飯のおともになります。
そして芽カブは、細かく刻んで甘酢でいただきます。
お昼から、またまたワカメづくしの私たちです
ワカメの茎の天ぷらも絶品ですよ。。
食べきれない茎は、こちらも細かく刻んで冷凍保存。和え物や炊き込みご飯、パスタなどに、なんでも活用できます。

 

これも自らが採ってくるからこその豊かさでもありますね。
そして多くの恵みを与えてくれる綺麗な海があってこそ。
いつも我が家の食卓は、そんな自然のめぐみたちで潤ってます。
自然に生かされている私たちですね。
ありがたいことです。

まだ肌寒い日がつづいていますが、なんだか我が家の食卓に春を感じました。。