自分を創造する。。

今日はちょっとテーマを替えて、ディープな長い独り言です。お気に召さない方は飛ばしてね。。

今いろんなところで自分探しをしている方が多いので、なんだかこのテーマで書かなきゃということが降ってきました。
『自分を創造する』
我が家には日々、色んな方々がやってきます。きっとこのテーマにぶつかっている人が殆どです。そしてホームページとかを見たり、知人から聞いたりして何故だか我が家にやって来るのです。
私たち自身が”したいことありのままの自分”で生きているので、それがどうやら引き寄せるらしい

30代になれば人生迷います。
「本当にこれでいいのかな?このままこんなことやっていてもいいのかな?」って。
後戻りできる最後の年齢だからかもしれません。もちろん人生なんていつでも後戻りはできると私は思ってます。でも体力・気力のある30代のほうが転換するのにしてもしやすいのは確かです。

さて、その人生転換に対して、なりたい自分をまず想像してみることが大事です。
それまで学校教育→サラリーマンと、人生を社会のレールに乗って生きてきた人(多くの人はそうですね)にとって、案外これって難しい話です。なりたい自分をイメージする、想像するって、まずは自分のことを知らないと出来ないんですよね。
何が幸せ?何が喜び?何が好き?何が嬉しい?何が楽しい?
自分自身の中から沸いてくるものに向き合うということです。
小さなワクワク感でもいい。

そこに社会の価値観や他人の価値観は必要ありません。
自分自身が『いいなあ』と感じえることが一番大事です。
またこのときにあまり頭で考えすぎないこと。現代人は頭で考えすぎます。不安や心配ばかりが頭を横切って、また転ばぬ先の杖で計算をしてみたりして、自分自身の内面から沸いてくるものに耳を傾けることを恐れたりもします。
社会の価値観に縛り付けられてきた私たち、だからその社会の『常識』を外れることをとても恐ろしがったりもします。他人がどんな風に自分を見るか、評価するかもとても気になって、本当の自分に向き合うことができなかったりも。そうやって育てられ知らず知らずのうちに植えつけられたものが、自分自身に向き合うことを邪魔します。

言っておきます。人生、立派な地位につくことが目標ではありません。またたくさんお金を稼ぐことでもありません。自分自身が今生をどれだけの喜びをもって後悔ない生き方ができるかが真の価値をもちます。それは自分だけの尺度を必要とします。ようは自分の魂(内なる自分)を輝かせることが出来たかが大切です。

売れない役者でお金はないけれど、自分の夢を追って胸を張って一生懸命生きている人は輝いています。しかし社会はそんな人を「いつまでも夢や理想ばかりを追いかけて・・」と落第者的な見方をします。逆に、そんな彼が自分の夢をあきらめお給料をたくさん貰っても、自分を殺しつつ渋々サラリーマンとして生きたとしたら、その人の内面の輝きは失せてしまいます。
今の現代人の多くは、社会が引いたレールに乗っかって生きている人が多いです。だから本当の自分を見出すことなく、自分を殺して生きています。しかしその結果は、やり甲斐・生き甲斐がなく、自分が生きている価値さえも見出せず、自らの命を絶つという行為へと発展したりもします。自殺者が急増し、年少者にもその傾向が出ているのは、あまりにも社会の価値観を強要した社会となっているということです。これはとても危険なことで、未熟な社会であるという証拠です。
それぞれがそれぞれに輝き生きること、それが何よりも最も素晴らしいことなのです。それを認めず、『常識』やお金や地位だけを尺度に他人を計ることは、もっとも低いレベルでの社会といえます。

自分がそこにやり甲斐・生き甲斐を感じる生き方が、いま問われています。
人がなんと言おうと、そんな生き方をつらぬきとおし、胸を張って「自分はこの仕事が好きだ!」と言えることが素晴らしいのです。
まずは自分が幸せになること。世界平和は、まず自分の内から始まるのですよ
自分が幸せに喜びに輝きだしたとき、不思議とそこからこぼれ落ちるもので周りにいる人も幸せにすることができます。輝いている人を見るだけで、勇気や元気を貰うことがあるでしょう。また教えられることも。
自分が悶々としていたら、自然と・・怒りや不満や八つ当たりが出てきて、他の人を傷つけることになります。内なる自分が愛で満たされ、喜びに満たされた時、自然とそこから愛がこぼれ落ちていくことになります。

自分が幸せになること、それは貪欲に、また自分勝手に生きるという事に繋がるのでは?と誤解をされる時があります。でもそれは大きな間違いです。
欲で生きるというのは、自分の内面の喜びや幸せに向き合って出てくるものではなく、社会の価値観や他人の価値観を求めた結果、また自分の心配や不安を埋めようとした結果に出てくる部分です。
自分の内面の喜びや幸せというものは実はとてもシンプルで純粋性の高いものでありますから、そこを見つめれば見つめるほど、多くを求めなくても十分に満たされる自分が出てきます。
社会の価値観や他人の価値観で生きる時は、もっともっとと・・際限ない欲に振り回されます。まったく満たされることのない次から次へと欲が沸いてくるのです。それは本当の自分が満たされていないからでもあります。

誰もが自分を創造することができます。
なりたい自分を創造することが。
不安や心配を抱えた自分を想像したら、そういう自分を創造してしまいます。
出来ない自分を想像したらそうなります。
自分を信じてあげれないことほど寂しいことはありません。
想像は創造です。
内なる自分に向き合い、自分の本当の喜びや幸せをみつめ、他の人の価値観や社会の価値観に揺れることなく、自分を信じてあげること。そういう生き方を選択する自分を信じてあげること。
そこからが自分を創造するはじまりです。

信じることが、最も実現するための力となります。
誰でなく、自分を信じること。
それまでは世間や常識を信じてました。
でもここからは自分を信じるのです。
信じることで、実現化のためのすべてが準備されます。

できる、やれる、そのための事をする です。
想像したもの、信じたものが、現実化します。
誰もがその力をもってます。ただ誰もがその力を信じないだけです。
信じないと力は生まれません。

そしてあとは行動のみ。
行動をすることで、自分の内を確認できます。
力がわいてくるようなら真。
時に揺れる自分もあります。
それは信じる自分を強くしていくもの。
そこに喜びがあるのなら信じていくしかない。それでいいじゃない

ひとりひとりが輝きだしたとき、素敵な未来がまっていると思います。
がんばってください。。

今年一番の惨事、涙、涙・・

 お米づくりのほうも順調に、分蘖も良くって、一本植えの苗が大きな株に育って、お米づくり始まって以来の一番の上出来な生育状況に・・なってました・・・

それがこの通り・・
イノシシに荒らされ無残な姿に・・
最初は・・、こちらもお米づくり同様に立派に育った里芋スペースにイノシシが出没!
里芋の足元にある紫蘇を根こそぎ全部ひっくり返しては、土中のミミズを食べた様子。
そこまでは良かった。「紫蘇ぐらいなら〜」と思っていたら、次は里芋をひっくり返して、この惨状・・。
里芋自体には関心がないようで、完全なミミズ狙い!

徳さんが、せっせと落ち葉を取ってきては落ち葉堆肥として、施肥された里芋ゾーンにはミミズも豊富。さぞご満悦であったことでしょう。。
しかし味をしめて、それ以来毎晩のイノシシ出没・・
里芋の半分以上はすっかり掘り起こされてしまって

 

それまでならまだ良かったのだけど、今度はお米まで・・
大事な大事な我が家のお米が!!!
日増しにひどくなるイノシシの横暴な振る舞い。私も徳さんも堪忍袋の尾が
・・っと言っても何かが出来るわけではありません。ひとまずネットで覆うことに。。

今年は、田圃の近くの調整池で大きな改修工事があって、その周辺がイノシシの良い餌場になっていたところを人間が荒らして、イノシシの食べる物がなかったという事。
そう考えると、悪いのはイノシシばかりではないよな〜と、イノシシばかりを責めれない気がしたのであります

そんなこんな我が家の田圃のネット張りも一段落し、ホっとしていたのもつかの間。
今度は神子の森の、kimiちゃんの田圃がイノシシ被害に
こちらも日増しにひどくなる様子。
女一人のお米づくり。見てもいられず、ネット張りを手伝うことに。

神子の森も、今年は24匹のイノシシを捕獲したと総代さんが言っていた。
年々、ひどくなる獣被害。イノシシだけに限らず、猿や鹿、カラスまで。
んんん・・・、なんとか調和して共存できないものか。。

最後に、kimiちゃんの田圃でみつけた青大将の子供です。(苦手な方、お許しを〜)

 

目は、とてもとても優しい目をしています。可愛い〜
嫌われ者の蛇だけど、自然のなかでは大切な役割があって存在している命。
そう思うと愛しくなりますね

イノシシだって、人間の都合でブタと掛け合わされてイノブタ化されて多産に。
そのせいもあって繁殖力旺盛のイノブタが今や農村部では作物被害の原因に。
もとをたどれば人間の都合で、自然の循環が崩れている。
そう考えると、獣被害も、私たち人間の営みそのものをもう一度みつめなおす必要が問われそうです

夏野菜。。

我が家のお野菜たちです〜
どうです。無農薬・無肥料栽培だけど、イイ感じに出来ているでしょ。
今年はキューリが次から次へと出来ます

採っても採ってもキューリができるから、冷蔵庫はキューリでいっぱいに!
もちろん日々、キューリばっかり食です

 

キューリは3品種つくっています。いぼいぼが特徴の『四葉胡瓜』。白いキューリの『相模半白胡瓜』。煮物向きの太いキューリの『加賀太胡瓜』。
上写真のウリのようなものは『ソーメンかぼちゃ』です。今年はじめて育ててみましたが勢力旺盛で、なんと一株から9個ものソーメンかぼちゃが出来ました。我が家に遊びにくる友人たちにひとつひとつお裾分けされていきました。オクラも今年はよく実ってくれましたね〜。
でもそろそろオクラとキューリは終盤です

こちらはササゲ。インゲン豆を長くしたようなもの。長さが40cm〜60cmほどになります。
こちらも鈴なり、勢力旺盛
インゲン育てるより、かなり効率がいいです〜。種採りをして、我が家の定番にしよう〜。

 

お味のほうはと言うと・・、かなり美味しすぎです!
塩・こしょう・醤油だけなのに、お豆さんが甘い〜
インゲンなどの豆類は、採ってすぐに調理することで甘みが際立つんだって。


『ササゲのぺペロン風』
ほんとほとんど塩だけなんだけどあまい〜!
レシピコーナーに伝道入り決定です!


そして今年もっとも力をいれている(つもりの)、トマトはというと・・

がーんん かなぶん達に食べられてます〜 
カラスにも食べられました
しかもカルシウム不足らしく、全体的に『尻腐れ病』となって腐っていってます
仕方なく・・冬に牡蠣を採りにいって食べた後、何かの時にと思って殻を焼いておいた貝灰を補いました。でももう手遅れ気味〜
水分不足で土のなかのカルシウムの吸収ができなくなる『尻腐れ病』ですが、乾燥を防ぐためにしっかりと足元に敷き草をしてあげた方がよいみたい。私は乾燥したお国で育つトマトなので、足元は乾燥気味にしたほうが良いだろうと草を掻き分けて、わざと乾燥するようにしてしまったのです。それがあだとなった訳。来年は貝灰をいれて敷き草をしてトライですね。失敗の積み重ねでお野菜さんたちを知っていく機会に。一年一年のこういった積み重ねが楽しいお野菜栽培です。

でもなんだかんだとこんなに収穫が
保存用のトマトソースを作るだけの量はとても無理そうですが、パスタ料理にマリネなど、自家用でしばらくは楽しめそうです。ありがたいことですね。

そして・・我が家の裏の畑。
野良ばえ冬瓜や野良ばえ瓢箪かぼちゃを野放しにしていたら、すごい事になってます
占領され尽くされています
はっきり言って足の踏み場がないです
でもこれからキューリが終わっていく時期、冬瓜たちがキューリに変わる我が家の貴重な主食になってくれます。

 

畑のあちこちでゴロゴロと白い物体。これが冬瓜。デカイです!
サラダに煮物や汁ものの具材として何にでも利用できます。しかも来年まで保存がきくのでそれが一番ありがたいことです。お野菜不足の時に、あれば助かる冬瓜は私の大好物〜
さて、こんな我が家の畑もそろそろ秋野菜の準備をしなければいけない時期にはいってきました。
暇をみつけつつ・・

梅雨の晴れ間は忙しい。。

 梅雨の晴れ間は忙しいです。。
って昨年も同じタイトルで書きましたっけ
今年は例年になく特に雨が降ります
だから晴れ間は、貴重〜
晴れてくると身体が、デスクにジッとしていられません。そわそわ、そわそわ
そして伸びに伸びきった田圃の草取りに

はは〜すぐに飛んでいけれる仕事体制がいいでしょ
そんな我が家は農家ではなく設計事務所です
数年がかりでこういう体制にしてきたところ。
家づくりも変わったし、生き方も暮らし方も変わりました。
お金や時間に追われる暮らしではなく、自然に添うことをベースにした暮らし。
それが昔ながらの家づくりだったり、農的な生き方だったりします。

一本一本手植えされた稲たちもずいぶんと大きくなりました。
勢いよく分蘖をしています。
機械で植えるために育てられた苗とは違って、手植え前提なので出来るだけ根も傷まず、しかもしっかりと穴を掘って根を地面に活着させられるから見るからに勢い(生命力)が違う感じがします。1本植えでも立派に育っていきます。

そして草のほうも見事に育っておりますよ
稲か草か?を見極めながら草取りをしていきますが、こぼれ種から勝手に発芽した野良ばえと、ひこばえ(刈り取った稲の株から生える新芽)が予想外の量あちこちに点在してあって、それもさらに生かすことに。これがうまくいけば来年からは苗を植えなくても勝手に育ってくれるのでは?という甘い期待があるのです
茅(かや)などの類は勝手に年々、株が大きくなっていきますから、イネ科である茅がそうなら稲も・・という訳 いずれ一抱えできないほどに育った稲穂を収穫している私〜 ウシシシ

水に浸かっての草取りは案外きもちがいいものです。
チャプチャプという水音をさせながら、もくもくと作業。
若い稲のうえをわたる風。空には流れゆく雲。きらめく水面。
自然のリズムに身をゆだねます。
梅雨の晴れ間は忙しいけど、なんだか気持ちはのんびり
太古の大昔から変わらない光景がここにあると思うと、昔も今もひとつに感じますね。。

大地につながる時間。。

よく降る雨のおかげでお野菜たちも日々ムキムキと育っています。
家づくりと同じように農的なことも我が家では同じぐらい大事なこと。それは生きていくために不可欠な事だから。お金があってもそれは本当の意味での安心ではないし、お金があっても食べていけれない時代がくるかもしれない、という思いも一方にあるから。だから自分たちが生きていくための食べ物は自分たちがつくるというのは私たちの基本でもあります。

今年も、こぼれ種や野菜クズから勝手に生えてくる野良ばえたちの見事な数々。
瓢箪かぼちゃの勢いはすごい〜!夏の畑はコイツにほとんど占領されてしまうほど昨年は50個近いかぼちゃを収穫してたくさんお裾分けしました。何もお世話していないのに〜 いつも自然からおこぼれを頂いている感じのする私。

 

トウガラシにツルムラサキも野良ばえです。鉄分たくさんのツルムラサキは美味
種取しなくても、毎年ヒョコヒョコとこぼれ種から勝手に発芽してくれます!
ありがたい。

 

ニラも畑中に点在!これは球根で越冬するから何もしなくても育つ野菜でもありますが・・、それでも種が落ちて年々増えているような。ニラ炒めにギョーザ、他の野菜がない時に重宝してくれます。
そして左は私の大好きな冬瓜 お酢の物から炒め物・煮物・サラダにととっても大活躍してくれるお野菜です。こちらもお約束どおり毎年、台所から出た野菜クズから発芽してくれるから、もう種を撒かなくなりました なんてスバラシイ!
今年は裏の畑は冬瓜と瓢箪かぼちゃたちの自由にさせようと思っているので、さてどれだけ収穫できるかな

そして紫蘇なんか、手におえないぐらい野良ばえが出てくる。毎日どっさり使っても、ありあまるほど。友人たちへの良いお裾分け品
つくづくお金で買う馬鹿らしさを感じてしまう。買うと紫蘇も高いし、山ほど使うナンテありえない。しかもお裾分けできるんだからこれほど豊かなことはない。豊かに生きるうえでやっぱり農的な暮らしは必須ですね!



ニンジンだって、花が咲いて種ができたら、その場でその種をパラパラとほぐして大地にかえすだけ。あとはニンジンが自然に勝手に時期がくれば発芽して育ってくれる。だから我が家のニンジン畑は、ニンジンたちが一列に綺麗に並んで育ってはいない。ランダム
生きたいという強い意志がある物が育つ。ただそれだけ。自然界も同じですね。
理想は・・人があまり手を加えなくても勝手にお野菜が育ってくれる野良ばえ農法〜 

それと今年はオクラ、キューリがイイ感じ。こちらは野良ばえ農法ではないけれど、落ち葉などの腐葉土を山から取ってきて育てています。イイ感じにムキムキに 

 

夏大根も育ってますよ。夏はおろし大根にして手打ちうどんに利用することが多いので欠かせません。そして今まであまり上手くいかなかったトマトですが、今年はイイ感じです。保存用のトマトピューレが作れるぐらいになりたいな〜と思って気合が入ってます!
こうやって年々、お野菜さんたちとの付き合い方も上手くなっていっている私たちです

 

結局のところ、野菜づくりに大きく左右するのは大地の性質。土壌の質が野菜たちに影響をする。油粕や米ぬかなどの肥料をいれないし、当然化学肥料は論外、だから強くて利く肥料分がない分、土と野菜の相性がもっとも問われることに。うちは3つある畑で、野菜の性質ごとに畑分けをしている。乾燥しやすい硬い土の大地。砂質の大地。水気がおおい粘土分の多い大地。乾燥を好む物を、水気のある粘土大地にもっていっても育たないし、逆に水気を好む野菜たちを、乾燥しやすい大地にもっていっても育たない。肥料に頼らない分、まずそういった育ちやすい環境かという基本的なことが重要に。。
でもなかなか実際に育ててみたりしないと野菜たちの個性も見えて来ないし、畑の個性も分からない。年々少しずつ自分の畑と野菜の相性を知ることに。それが農の楽しいところでもあるんですよね


美味しそうなジャガイモの収穫!収穫は何にも勝る喜びですね


ズッキーニとツルムラサキが今の我が家の旬!

自分たちがつくったお野菜たちが食卓にのぼる幸せ
お野菜をつくることを「たいへん、しんどい」と思う人もいるかもしれないけど、私はあまりたいへんだと感じたことはない。自分が愛情をかけたお野菜を頂くというのは何にも勝る幸せだし、本当に安心できる物を食べるという事は身体にとっても喜び。自給自足は不安定な食事情にも動じることないし。
そして何より土にふれるという事そのものが毎日を健康に豊かにしてくれるような気がする。自然を観察し、自然の摂理に感動して、自然に癒される、そこには疲れは感じないし、むしろエネルギーを貰うことの方が多いのです。
土にふれること、生き物にふれること、季節を肌で感じること、人にとってはきっとこの大地につながる時間が不可欠なような気がします。大地とつながって生きるほど、喜びが
特に、忙しい時代だからこそ・・
常に時間やスピードに追われ、競争を強いられる時代。大地から離れた暮らしをすると、思考の仕方も乱れてくるし、何か満たされないものを求めるように。農的な暮らしをぜひ

今日も畑が心地いいです

田植え番外編。援農。。

 田植えも無事終わった〜、、、と安堵につくや否や、次は援農の私たち
田植えのお手伝いに来てくれていたkimiちゃんの田圃、援農がえしに1日だけお手伝いをすることになりました。そしてありがたいことに、我が家の田植えに来てくれていたtakaちゃんも「田植えを手伝うよ」っと

決行日の当日は、台風も間近で天気はあいにくの雨
5畝の田圃を8人で雨に濡れつつの田植え作業となりました。例年は、kimiちゃんもお母さんと一緒に女手だけでコツコツと一ヶ月もかけて田植えをするそうな。
でも人数がいるとスゴイね〜、見る間に苗が植わっていきます
やっぱり人の力って・・実感
「kimiちゃん達だけだったら、この1/10も終わっていないのか・・」と考えながら植えていると、なんだか分からないけど馬力が沸いてきました。そしてみるみる5畝の田圃に苗が植わっていきました。まだお昼前だと言うのに田圃の2/3はすでに苗が植え終り、お昼休憩 
kimiちゃんがお昼のお料理をいっぱいつくってくれていました。しかしお昼を食べはじめると、雨で思いのほか身体が濡れていて、強くなる雨風に身体がすっかり冷えてきました みんなブルブル
kimiちゃんもこの寒さと雨風に田植え継続は無理と判断、ご飯が食べ終わるやいなや即座に撤収し、温泉に浸かることに。

温泉後はすっかり回復〜。その後は我が家でお茶談義となりました。
田圃のほうはほぼ終盤までいっていたから、あとはkimiちゃん達だけでも十分大丈夫でしょう。こうやってほんの少しの支えあいで、ぜんぜんたいへんさが変わってきます。いつも田植えが終わると、なんともいえない一体感を感じる。労を共にした仲間。その感じが大好き
kimiちゃん親子も「ホント信じられない〜」と。一人でやっていると限界があるけど、こうやってみんなの力を借りると違うねと 
一人だとやっぱり機械に頼りたくなるところ。でも機械に頼ると言うことはそこにあったコミュニティをもなくすということ。昔は村ごとにそれぞれの田圃を皆で手伝ってやっていたと言う。生きていくための田圃を一緒に共同でするって、それだけ絆が強かったと思う。今は支えあわなくても生きていけれる時代。買えば済むしne・・。でもその便利さのなかで無くしてきたものは多いと思う。
こうやって田植えをしていると感じる。。

そうこうしていると話が尽きず、別れ惜しくなってくると「ごはん食べていく〜?」の、いつもの私の一声。手打ちうどんを皆で一緒つくることになりました

 

これまた一緒につくる手打ちだから楽し!
麺を踏んだり、伸ばしたり、切ったり。材料を揚げたり、準備したりと皆で作業を分担します。伸ばす生地が薄くなったり、麺が大きくなったりして、皆で冗談を言いながらの楽しい作業です。

そうして出来上がった手打ちうどん

ふふふ、美味しそうでしょ

あれだけ騒がしかった皆も、このうどんを食べている時って、ほんと無言 
美味しいものを食べる時って、不思議と黙りこくってしまうのが可笑しい
あれだけお茶タイムでお菓子を食べたのにもかかわらず・・

ははは〜、うどんは別腹のようでした 美味しいものは、みんなをひとつにしてくれますね
満たされた気持ち。。
田植えをご縁に「山登りをしよう」と山登りチームが結成されたり、お互いの抱えている心の悩みを打ち明けたりと、話の尽きない援農の夜になりました。。

いよいよ田植え。。2日目

2日目の田植えは、4年目の我が家の田圃です。
昨夜から泊り込みの参加者takaちゃんと、毎年田植えを手伝いに来てくれるseiちゃんと一緒に田植え作業となりました。
両日参加してくれた熱心なtakaちゃんは、昨日参加してくれた職業訓練校の面々と一緒にAASTUDIOに昔ながらの家づくりの話を聞きに来てくれたのが知り合ったきっかけ。その後うちに来た事がきっかけとなって「農をめざしたい」と今は菜月農園さんところで援農をしながら農を学んでいるそうな。
自らが化学物質に反応して病気になったこともあって、身体に優しい農や食を生み出したいという想いが根底にあるみたい。ぜひ頑張ってほしいところです。。

さて昨日と打って変わって、田圃の様子は異なります。
田圃は草を刈ったままで耕転をしていないので、どろどろとした感じはありません。
田圃には毎年落ち葉が敷き詰められ、落ち葉の層が出来つつあります。これが稲たちのご飯になっていきます。そしてそこに鎌で穴をあけて、苗を植えていく作業。昨日とは手ごたえ感触がまったく違います。

 

昨日は泥のなかに苗を植える?っと言って良いのか・・とにかくプニョプニョの泥ですから植えた感じがしない。しかし今日は、しっかりと穴を掘って植える、という手ごたえがあります。なんだかしっかりと根付きそうな感覚があります。。
まあ前者が普通の田圃ではあるのですが、自然農でやっているとそう感じてしまいます
しかも足を泥にとられない分、動きやすい。手植えするなら断然、自然農の方がやりやすい!

田圃のあちこちでは、ひこばえ(刈り取り後のイネの茎から自然に出る側芽が伸びたもの)が見られたので、これも生かして立派に成長するか今後観察をしていくことにしました。うまくいけば私の理想でもある、あまり人が手を加えなくても自然に稲が育ってくれる勝手映え農法ができるかも なんてね。。


そして籾が自然に落ちて発芽して大きくなった野良映えも、こんな立派な姿で田圃に見受けられました
ほほほ、私たちが苗床をつくって育てた苗よりも立派でしょ!
やっぱり野良映えスゴイ!今後が楽しみです。

毎年、こうやって新たな発見ができるところが農をやっている楽しみ!そのなかにある自然の摂理をみて、いつも学ばされます。神さまがつくった素晴らしく上手くできた循環という摂理を。そんな一片を知るということが、何故だか分からないぐらいに湧き上るようなワクワク感があるのです。

さて、お昼時間です。。(今日は写真を撮り忘れずに)

ふふふ。。
今日も言わずと知れた、幸せタイム。。

 

みんなのお陰で、こちら1反ほどの田圃も2/3の田植えが終了となりました。ありがとう〜
でも苗が随分とあまってしまいました
今年は発芽率もよく、草にも負けず、鳥にも思ったよりは狙われなかったのもあって、しっかりと作りすぎたようです。お手伝いに来てくれたkimiちゃんにお分けすることに。それでも余りすぎてしまうのですが、これもまた土の肥やしとして還ってもらいます。もったいないようだけど・・。

 

田植え終了後は、田圃の周辺にある紫蘇採り放題
紫蘇も買うと高いですが、自然の野良映えで出てきた紫蘇たち。醤油とごま油を混ぜたものに漬けて海苔のようにしてご飯とともに頂くと絶品!なのです。たくさんもって帰ってもらいました。

そして我が家の好評の自家製ひじきと、手作り無添加ラー油もお土産に。この日のためにラー油は手作りをしました。2日目は乾物屋seiちゃんのいつもの差し入れ煮干も、みんなにお裾分け。(seiちゃんいつもありがとう)

そしてみんなと話していて・・、感謝祭というのもイイねと
採れたお米でお餅を一緒について、こうやってお手伝いしてくれた方々にお餅をふるまったり、持って帰ってもらったりすること。どれだけのお餅が我が家で出来るのかは分からないけど・・、ずっとお餅つきもみんなでやりたかったので良案!お正月前に一緒に餅つきをしたいところですね〜 
おっと、、その前に収穫のお手伝い(手刈りです)もぜひお待ちしておりますね〜

どんどんとイメージは膨らんでいきますが、稲は植わったばかり
まだまだこれから。順調にそだってね〜。
ひとまずは、お手伝いに来てくださった皆さま、どうもありがとう
そしてお疲れさまでした。。

いよいよ田植え。。1日目

 いよいよ待ちに待った田植えです
興味のありそうな方々に呼びかけていましたが、土日の両日とも、お天気は雨
梅雨時期だからこれも仕方がありません・・。
「雨でも田植えに来るよ」といって下さる方々のみ、募りましたところ、ありがたや〜大勢の方々に来ていただけ、田植え実施となりました

神子の森がこんなに賑わうのはそうないことです。しかも大雨予報の日
道行く車が「なんだなんだ」という感じにスピードを緩めて見ていきます。

こちら神子の森の田圃は、今年借りた新たな田圃です。
借りた際にはすでに田圃を耕転してあって、今回の田植えは泥でぬかるんでいる状態です。
まあ、これが普通といえば普通なのですが・・
いつもの私たちのお米づくりは自然農ですから、泥でぬかるむという事はありません。
今回は私たちにとっても正直、わくわく・どきどきんの初体験の田植えとなりました

案の状、雨も降るなか、ドロドロの田圃。
苗を植えるより、泥にはまった足をひっこぬく方に力がいります
う〜ん自然農の田圃とは大違い!


でもみんな楽しそう。シリモチをついてパシャリ
雨も味方になってくれているのか、田植えの最中は気になるほどの雨があまり降りませんでした。

さて待ちにまったお昼!雨の日でもあったので暖かい食べ物を用意。
準備万端の参加者さんはビール持参の方も さすが心得ています!
わたしもすっかりお呼ばれして 一緒に食事を囲みながら、ひと時を楽しみました。
たくさんあったお料理も、すっかり食べる事に夢中の私は写真をとり忘れ・・
その後の3時のスイーツの数々が、また凄かった
参加者さんたちが持ってきてくれたのもあって、プリンに草もちに蒸しパンにホットケーキなど4種類ものスイーツが並びました
お田植え祭は、まるで食の祭り!←まあ、確かにその通りなんですけどねっ
昔はこうやってご飯を一緒にしながら、皆の力をかりて田植えをしていたんですよね〜。

みんなで一緒にひとつになって田植えをして、それだけでも不思議な連帯感がお互いの間に沸いてきますが、ご飯を一緒にするとなおのこと。だから食べる事は手をぬけません
ホスト役の私としては、それがお手伝いに来てくれた方々への感謝の気持ち。

食事後、スイーツ後はみんなのガソリンも満杯になって、なんだか張り切りようが違う感じでした

そして、ずっと今まであまり降らずに待っていた雨も、最後の最後にドシャブリ
でもあとは温泉が待つのみの皆は、もう後先かまわずの泥んこで、田植え終了となりました〜。

田植え後の温泉は最高〜
疲れもふっとんで、夜は我が家で、ベジお好み焼きをみんなでいただきながら、
夜遅くまで『生き方』について語りあいとなりました。。

すっかりご無沙汰。。

 すっかりブログをご無沙汰。この5月は、いっぱいいっぱい書きたいこと山ほどだったのに、ひとつも書けずでした  

ほんの少しだけ。。
GWは、いつもの恒例の味噌づくりをおこない、今回もたくさんのご家族が参加してくれました。ホントいつもながら味噌づくりって面白い!
みんな子供のように純粋に、そして見ず知らずの者同士だって心からオープンになれるから不思議です。子供のように純粋になれるからこそ、心がオープンになれるのかも。味噌づくりの場面では微笑ましい光景がたくさんあって、私はホストとして、いつもその光景を密かに楽しませていただいている次第。これがやめられない理由



 

そして残りのGWは、心おきなく畑三昧のわたしたち!
普段から畑はしているんですが、仕事のことも完全にオフして畑というのは、やっぱり長期休暇の良いところ。徳さんとふたりで静かに畑を楽しむ私たちでした。

特別にどこか出かけることもなく、こうやって畑で、日々成長していくお野菜さんたちや、訪れてくる虫さんたちや、自然の様子を観察することのほうが心地いい〜
逆に言うと、レジャーや買い物や観光ではもう満たされない自分たちを感じます。以前から言うとかなり変わりましたね。

畑には手づくりのチマキをもっていって二人でお昼をしたり、珈琲とオヤツで休憩したり。何処でも味わうことの出来ない有意義な時間がそこにあります。。

 

種を撒いたお米のようすを見に行ったり、山に行って竹の子を掘ったり、山菜をとったり、それを夕ご飯にしたりと、ただそれだけのシンプルな毎日のGW。
言えば・・ただただ生きていくためのシンプルな日々。食卓はいつも豊かで、採れたての山菜や心から身体が喜ぶ旬の野菜がのぼります  シンプルだけど贅沢

もう外食をしてもぜんぜん美味しさを感じられなくなり満足いかない私たち・・そこに喜びが感じられないのです。こうやって山の物、里の物、海の物で安心できる旬の物、自分で採った物は最高に美味しい!そう、そんなに多くをもとめなくても十分に満たされるものは、外にはなく、すぐそばにあるんですよね。

GW以外でも・・先日広島へ、化学物質や電磁波の勉強をかねて(麻美さんのブログにあり)AASTUDIOの慰安旅行もかねて行ってきましたが。ははは、調べに調べつくして行った食べ物屋さんでも、やっぱり喜びが低い・・・・ そこそこに味は良いのですが、んんん・・身体の奥深くから沸いてくる満足が薄い・・。やっぱり結論は「おうちご飯に勝るところなし!だね〜」と、しみじみ家のご飯のレベルの高さを思い知った次第でした。

そして、どこ行っても人が多いし、車が多いし、人工物だらけ・・大丈夫かな〜・・
とどめに電磁波と化学物質の話を聞いて、いろんな事が納得!
やっぱり人間は自然界の生き物、自然のリズムにあわせて自然にそって生きることが健康や長生きや真の喜びにつながります。食べ物も生き方も自然に外れているから、どこか本質的なところで満たされないものを「もっともっと」と買い物をする事や物を持つことや権力やお金で満たそうと求めるんだと思います。 

電磁波も、人工的に生み出された電磁波は生態のリズムを狂わしたり、病気の原因に。しかし様々に研究者が電磁波の身体への悪影響を研究結果に出しているにもかかわらず、この国はなんの行動もおこさない。利益(経済)がからむので、マズイ事は伏せておくという体質は、原発の現状も然り、ここでも同じな様子・・

ちなみに放射線も電磁波のひとつ。放射線のことは関心が高まっているけど、日々日常的に被爆を受けている電磁波には無関心な私たち。これも変ですよね・・。
放射線は内部被爆があるだけで、あとはなんらその影響は人工的な電磁波と変わりないとの事。日常的にあふれている携帯や家電や送電線などからの方がずっと被爆量も頻度も高いというのに。今回の講演で、電磁波の危険性をお話していただいた荻野晃也先生は、京大にて放射能を研究し、結果原発に反対し活動して来られたその道の第一人者。 伊方原発原告証人のお一人でご尽力された方でもありました。その方が、電磁波の危険性を今おこっている福島原発の放射線と同じレベルで語られているのがたいへん興味深かった。。
人類始まって以来初の電磁波被爆におかれている私たちは、人体実験そのものをおこなっているのと同じなんですね。しかもその研究の多くの事実に目を伏せ、経済優先で物事を進めているのが今の世の中の姿勢。
放射能と同じく、もっと関心を寄せねば、私たちの未来はないのかも。。

お米づくりの準備。。

 農的な暮らしも家づくりと同じように大切な我が家の日課。
そろそろ主食でもあるお米づくりの時期です。
今年は、共同作業でのお米づくりも加わって、いつもの2倍ほどの苗床の準備。
たいへんさより、むしろ人数いるほうが楽しい作業です。
徳さんひとりが作業するより、こうやってお互いに協力しあったりする共同作業ほうが、なんだか美しいエネルギーが発しているのに気がつきます

お米は今年、緑米と黒米があらたに加わって色とりどりといった感じ
田圃の風景も一品種一色というより、色々な顔つきがあるほうが多様な美しさがあって好み。
主食は地元のお米でもある『松山三井』と『とよさと』ですが、あとは古代米を数種と自然農法の提唱者福岡さんの『ハッピーヒル』、香米などを予定。
主食でもあるお米をつくるのはいつもながらワクワク感が高いです

きっとhiroさんsinさんもワクワクしているハズ
自分たちが食べるお米をつくるのですから、この喜びは何物にもかえられません。
私達もそうでしたが、お米づくりってハードルが高そうって思われがちなんだけど、意外に簡単!
肥料などあたえなくても、コンバインなどなくとも出来るのがお米づくり。
豊かな水があるからこそ出来る、それが日本の稲作です。

今後、揺らいでいくかもしれない食事情に、しっかりと自分たちの食べるお米は自分たちでつくるということを身に着けておきたいところでもあります。
耕作放棄地は山ほどあって、そしてあと5年もすれば辛うじて高齢者によって支えられている日本のお米づくりの現状は大きく揺らいでいくことになるのは目に見えています。田舎ではいつもそんな問題が囁かれています。「国や政府がなんとかしてくれる」っと言うのは大間違い!自分たちのことは自分たちで考えるが基本です。国や政府が『安全と安心』を私達に与えてくれたでしょうか?考えれば自ずと分かること。

私達はこれからしっかりと共同体としての試みを実践するために、初の共同体としてのお米づくり、畑づくり。援農ともニュアンスは異なります。耕作放棄地は山ほどあるので、今後、共に助け合っていく仲間が増えればいいなあ〜と思いますね。

お昼も、みんなで持ち寄れば、豊かだな〜
お天とさまの下、一緒に共同作業をしている者同士、和気藹々とお昼をするというのも格別な時間。本当にいい空気が漂ってます。。
出遭ってまだ2ヶ月ですが、もうずっと長く付き合っているような感覚。
共同作業ってスゴイね〜
こころをひとつにして頑張りましょ。。