梅雨の晴れ間は忙しい。。-2

梅雨の晴れ間は、忙しい。
とくにこの時期は、田植えや、野菜たちがスクスク成長する時期だし、草も勢いが増して放っておくとボウボウになるから
でも身体は一つ・・
っと言うことで、晴れの日には、いろんな事を、いっぺんに掛け持ちで動くことに・・。

内子の工務店さんからは、木材の木っ端がたまった時は呼んでいただくようにしており、我が家の冬のための薪あつめに行ってきた。蟻さんのように、冬のために、せっせっとこの時期から準備。トラックに山積みの薪を、2時間半かけて積み込んだ。
蒸し暑さに、強い日射し
ほとんど、だくだくの汗だく状態・・  こうやって見えない裏での地味な作業があるから、冬の薪ストーブライフを楽しめるという訳。

 

さて次に、休む間もなく松山へ。
新たに家づくりをすすめているお宅の、梅を頂きに行きました。
購入された土地には、古い梅の木や柿の木がいっぱい!
でもツタがからみついて梅の木や柿の木も、しんどそう。タダで梅を頂くのも申し訳なく・・近々、地盤調査もあるので、草刈りを買って出ることに

 

っと言ったものの・・ツタが凄すぎて!ほとんど草刈り機は役にたたず・・
またまた汗だく状態で2時間の草刈り。帰る頃には、もうほとんど水浴びをしたかのような姿になってしまった。
でも熱中症の心配も、どこへやらの私たち。日頃、ナトリウム化学塩ではなく、天然塩をいただいているのも心強いところ。そしてエアコンに頼らない暮らしをして、適度にいつも暑さに対して体温調整できる身体づくりをしているのもあって、少々ではへこたれない。
でもツタを放っておくと、梅の木や柿の木は弱ってしまって、実をつけられなくなってしまう・・たくさん梅を頂いたのもあって、梅への感謝の気持ちも湧いてきて、日をあたらめて、今度はツタ対策も準備万端で、再度草刈りに挑むことに!


2日目には、3人総出で草刈りをし、大きくなったツタを伐り落とし、邪魔な梅の枝も伐った。随分とすっきりしてきて梅林に光も入るようになってきた。曇ってくれたらイイのだけど、こんな日に限って強い日射しのお天気。猛烈な汗
イイ感じになってきたのだけど、ここまでやるとやり切りたくなる性分がたたって・・徳さんがもう一日出陣!敷地内のぼうぼうだった草やツタは、片づいた〜

性分とは厄介なもので・・敷地周辺にも荒れた梅林があって、草ぼうぼう状態に後ろ髪ひかれる気分・・。んんん・・・・・。でもあまりに広大な面積・・・・・・!
後ろ髪はひかれるけど、少しずつ手をいれてあげたらいいかも〜

そんな梅雨の晴れ間は忙しい私たちです。。

梅雨の晴れ間は忙しい。。-1

そろそろ荒壁の裏返し塗り。
お陰様で今年はあまりジメジメした梅雨でなくて助かった!
荒壁の乾燥のためには、あまり梅雨は好ましくないから・・。
でもここ『つながる家+つなげる家』の現場は、風もよく抜けるところ。
19日間の表塗り乾燥で、壁もしっかりと乾燥しました。。

見て見て、この壁!

しっかりと熟成させ1年寝かせた壁土だから、割れ一つない
これはよく土が締まっている証拠。締まって密度があるという感じ。
特に、柱は5寸柱のため塗り厚もあり、通常の厚みより壁は割れやすくなるハズなのだが。。
ふふふ、ここが時間をかけ愛情をかけた荒壁土の真骨頂でもあるのです。
いつも言っている「時間をかける」という事の意味。。

荒壁『裏返し』は、先に塗った裏側を塗ること。
これで竹小舞はすっかりと見えなくなってしまう。なんだか残念な気持。。

さて、裏返しが終わり、これからまた2週間ほど乾燥させます。。
また土から水分が抜けていくのを、じんわりと待つ。
お天気との相談もあるので、2週間が3週間になることも。
これが昔ながらの家づくり。じっくりと一つ一つの過程が出来上がっていく。
家を建てる側には、『じっと、待つ』という大らかさが必要。
すべては自然に寄り添いながら、出来上がっていくから、人間の都合に合わせる事はできない。それは自然の道理に反することになるから。
急ぐのなら、乾式で石膏ボードを使った造りになるだろうし、有機溶剤を使用し瞬時に乾燥する仕上げにしなければいけない。そこに心の底から心地いいと呼べる壁は出来ない。

 

昔ながらの家づくりをやっていて感じる事。。
自然に添いながら生きていれば、何ごともうまくいくようになっている。
それを人の都合や、人の欲で、自然を二の次三の次にしてきたから、痛いしっぺ返しが起こる事になる。

この『待つ』という時間がとても好き。。
ただただ待つ。
私たちの大らかさや、懐の大きさを試されているよう。。

さて、次の『貫伏せ』まで、じっくりと待つことに致しましょう〜

田植えその後。。

平日であっても田植え優先の、我が家は設計事務所です

何をさて置き、主食である『お米』はもっとも大事!
とくに今は、世界各地でおこっている異常気象や、原発震災により日本の穀倉地帯も危機的状況というなかで食糧難を意識せずにはいられません。我が家の備蓄は例年より、さらに増しつつある状況。そして自らの手で『安心して食べられるお米』を自給するというのは私たちにとっては何より意味深いことなのです!
お陰様で、うちの家づくりのスタイルが、昔ながらの地に足をつけたスローな家づくりに変わってからというもの、あくせくしてお金を稼ぐための動き(ビジネス)をしなくても良くなった。自給に近づくための、さらに地に足をつけるべく時間が出来たという訳 
なんだか不思議なぐらいに、うまく出来ている。。

さて、
援農を交えての田植えも賑やかでワイワイと楽しいんだけど、3人でたんたんと黙々とやっていく田植えは静かで心地いい。
朝の6時に家を出て、夜の7時まで。途中、お昼を食べに帰るだけ。
朝の軽い朝食や、10時と3時のオヤツや飲み物を持参して、あとは田圃で一日を過ごす。

何も考えず、雑念にとらわれず、ただただ植える。
ただただ苗たちと向き合って、鎌で穴をほって、植える。(←自然農です)
でもそのなかに無数の発見や、自然との対話があって面白い。

    

苗をわける作業も、草たちの生き残りをかけた戦いを見るよう。。
稲にそっくりの草たち。ほとんど見分けがつかず「これ草?これ稲?」という奴もいるぐらい。
雑草だと分かれば、すぐに引っこ抜かれてしまう草たち。如何に稲に似せられるかが、かれらの生き残りをかけた作戦のひとつでもある。そこが面白い!だって草には稲の姿を見るための目もないのだから。どうやってここまで隅々までそっくりに自分の身体をつくることができるのだろうか・・。
ははは!笑ってしまう。所詮、人間が知り得る世界なんてまだまだ爪の先ほどにも満たないという事。今知り得ている科学の世界など、たかが知れている狭い世界だと分かる。
人知をこえたところで植物界では互いにコミュニケーションし、「さあ、みんないっせいに花を咲かすぞ!」とか号令をかけたりしてるんだろうね〜。

 

いつもながら目に見えないものを尊ぶ気持が大切だな〜と感じるところ。。
自然にふれることでいつも、自然界のなかから学ばされる。。

2年目の田植え。。

我が家の2年目の田植えです!
今回は、ご縁あって高知のユリ農家『フルヤジ農園』さんが援農に来て下さいました。
農家が味方とあって心強いかぎり

ところが土曜日は残念な雨・・曇ったり雨が降ったりと
作業は思うようにはかどりません。
でも子供たちは雨でも元気がいっぱい、泥んこ大好きです。
お姉ちゃんのたみちゃんは、ずっとお手伝いしてくれました。苗代をわける作業は、草と苗とを見分けなければいけない難しい作業ですが、飲みこみも良くすぐに大人並みの仕事ぶりを。それに観察力もあって、ここにキノコがあるとか、ここにテントウムシのハネがついているとか、変わった虫がいるとか仕分け作業をしながらでも色んな事を私に報告してくれます。しっかり者のお姉ちゃんです。

フルヤジ農園ファミリーの子育ては、見ていてとてもイイ加減。”いいかげん”ではなく”良い加減”という意味です。パパは今時めずらしく子供をビシバシと躾ます。子供がイカン事をした時は父さんの雷が落ちます。感情的なものではなく、ちゃんと冷静にいつも子供を見守りながら、叱る時はちゃんと叱る感じ。ちゃんと躾(しつけ)が出来ている感じがしました。最近は子供を躾ることが出来ないお父さんお母さんも多いようです。甘やかしすぎず適度な距離感をもつことで、子供は子供で自立心をもってそれぞれに冒険し楽しんで強くなっていっている様子、イイ感じでした。ママも大らかに、パパと同様。
我が家は、子供づれの親御さんがよく来るので、色んな子育てを拝見させて頂くので子育て観察は面白い。フルヤジ農園ファミリーの育児は、適度な厳しさと優しさが混在して、イイ感じでした

  

田植えは雨が降ってあまり作業が出来なかったのですが、かわりに夜はゆっくりお酒を飲みながら、フルヤジ農園ファミリーとたくさんお話しが出来ました。私たちのHPを見て「同じ価値観だ!」っと訪れて来てくれたという事もあって、始めて逢ったという感じが全くなく、まるで長い付き合いの友人がやって来たかのように、深いディープなお話が出来ました。
フルヤジ農園さんも、未来のこと、これからの子供たちのことを一番に気にかけていて、でも・・まだなんの危機感もない世の中、変わっていけない人達に、「どうすればいいか?」と探っているよう。私たちも同じ気持ちです。諦めに似たような気持ちになる時もあるけど、小さな積み重ねが大事。そしてつながってこそ変わっていける!
こうやって同じ想いを共有できる仲間がいるというだけで大きな勇気になります。志を同じにする者、立場は農であったり住であったりとするけど、想いは一緒。だからスッと溶け込むぐらいに深い友人がやって来たかのような気持になりました。
衣食住のひとつひとつがより良く健全となって、そして手を繋ぎあってこそ、始めて循環しまわり始める!まだひとつひとつの模索の段階・・。でもそれぞれの立場で、それぞれに模索して前に進むしかない!
とても楽しい嬉しい宴でした。

  

さて翌日の日曜日も雨・・
仕方なく田植え中止宣言をして、お土産に頂いた手づくりお菓子の数々を頂いておりました。
奥さんのマサヨさんがつくられたお菓子。「適当なんです・・」と言うわりには、絶品な美味しさ!特に”きなこボール”が美味しくって、さっそく秘伝のレシピを伝授頂きました。高知のオーガニックマーケットやイベントで出展されるそうです。卵なども使っておらず安心して食べられるお菓子。きなこボールや畑のラー油、パン、オススメです。。
そして徳さんの、備後中継ぎ手織り畳表も真剣に見て頂きました。(こうやって事あるごとにコチラも発信)分かる人には分かるんだよね。。

そうこうしているうちに、なんとか雨もあがって田植え日よりに!
友人のせいちゃんも助っ人にやって来てくれて、フルパワー!
草をかき分け、穴をあけて、稲を植える。農薬で大地を汚さず、化学肥料で大地の生態系を崩さず、自然農で田植えです。みんなのフルパワーのおかげで、一反の半分は稲が植え終わりました。
フルヤジ農園さん、せいちゃん、ありがとう〜
残り半分は明日、田植えです!




フルヤジ農園ブログ
お気楽ナチュラル生活@フルヤジ農園

山のことを感じる木材検品。。

いろんな報告が山ほどあって追いつきません。。
 
『風薫る家』も、建て主さん大工さんと一緒に、山に木材の検品に行ってきました。
こういった一つ一つの過程を大切にしたいところ。またこういった過程をとおして大工さんと建て主さんの関係が深まっていけばと願うところ。。

 

原木は4月には山からすでに降りてきており、梁材等は製材がされていました。
とっても立派な材ばかり。
製材屋さんからは「AAさんの家づくりは、普通の3倍ほどの木材量がありますね」と言われてしまいました。確かに、5寸柱に5寸巾の梁なので、材積が大きくなります。また差し鴨居や差し敷居、足固め、大黒柱と言ったように、昔ながらの造りは一般的な在来工法が無くしてしまった部材も多い。大きな梁が幾重にもかかった昔ながらの家は建て前が終わると木の固まりのように見えます。それに比べ今時の家はマッチ棒で出来た家のように、あまりにも”か弱く”弱々しく、不安に思うぐらい。
いくら建築基準法の壁量がとれていても、想定外の地震には耐えられないな・・と強く感じてしまうのです・・。

製材さんも「こんな家ばかりだと、山側の暮らしも少しは楽になるんだけどね・・」っと言います。昔ながらの家づくりでは、家を100年200年ともたせていくために、まず第一に、良質な木材を使っていきます。だから木材の準備もじっくりです。
今のどんどん回していかなければいけない家づくりは、安普請一辺倒で、木材へのこだわりは全くありません。たまに「B級品でいいから安く売ってくれ」という、製材屋さんも使わないような木材を買っていく住宅メーカーもいるとか・・。
しかしそんな仕事は、働けども働けども暮らしは楽にはならず。それにそこには製材屋としての喜びがないでしょうね・・。

50年生きた材を使って、30年しかもたない家づくりをする。山はすぐにハゲ山になります。
それにせっかく大事に育てた木も、ボードで隠されて見えなくなる造り。そりゃあ、大工さんも製材屋さんもやり甲斐がなくなるでしょう・・。
80年の材を使って100年200年もたせる家づくりをしていくこと、職人たちが自信をもって喜びをもってできる家づくりをしていくこと、それが問われているようです。。

さあ木材検品も終わり、私たちは近場の温泉に立ち寄りました。こういったのもお楽しみ。
お風呂のなかで、建て主さんと家のエネルギー問題や庭のことなどを語りました。。
ひとつひとつを楽しみながら、人生を楽しみながら、スローに家づくり。
温泉につかり、ますます建て主さん・大工さん・設計者も和みつつの木材検品ツアーとなりました。。

のこしていきたい、美しい手仕事。。

友人のU家族は、もともとは私たちと家づくりを考えられていた建て主さんです。
そこからお互いに意気投合し、子供たち未来へと残していきたい美しい手仕事や暮らしを取り戻すために、U家族は脱サラ、そして職人へと転身。
彼らの人生は180度転換しました。
当時は、大手メーカーの電機製品開発の技術者。金銭的には約束された立場でしたが、どこか心を置き去った暮らしで、彼らも苦しんでいました。
今は見ているこちらにも伝わってくるような豊かさに満ちた暮らしをしています。金銭的には多くを望めませんが、幸せが溢れるようです。

 

竹修行の日々も過ぎ、今は独立にむけて一歩一歩あゆんでいるところ。
彼のつくりだす暮らしの道具はとても美しいです。
愛ある手仕事。。
あくまでも贅沢品ではなく、身近な暮らしの道具としての竹細工をめざしています。

赤ちゃんの竹のゆりかご

ザル一つをとっても、今や100円ショップのプラスチックザルですから、日本の物づくりが地に落ちた姿をそこに見ます。便利で使い捨てだけど、何か私たちはとても大切なものを失おうとしている。。
竹ザルは、道具としても水切り機能だけでなく、パンや野菜をいれておくバスケット替わりにもなったり、花を活けるカゴにしたり、衣類や手ぬぐいを入れるカゴとしても利用できます。多機能でとても重宝するうえに、お台所で見えていても視覚的にも美しい道具。しかもしっかりとした仕事を施された道具は、長く堪えていきます。修繕しつつ長くつかっていけれる道具。
使われてこそさらに磨きがかけられ美しさが増すのが、自然の素材をつかった道具です。
それと同じように住まいも道具。しっかりとした仕事のなかにこそ、長く美しくもっていくための答えがあります。
使われてこそ美しい艶を放つような住まいづくりを私もしていきたい。。

彼らの道具たちを、またいろいろこちらでご紹介していきたいと思います。

かぐわしい薫り?

 さあ、荒壁工事(表塗り)が始まりました。
現場はかぐわしい例の薫り。。。

そう、1年寝かせた熟成荒壁土の薫りです。
泥クサイ薫り。
きっと始めての方は、このニオイに驚かれるだろう。
私にとっては、もうこの泥の薫りは、かぐわしい薫りとなりました。

寝かせて熟成させた荒壁土は、泥土がよく締まっていて、割れにくく透きにくい(隙間が出来にくい)壁となります。
そもそもこのネズミ色の壁土も、寝かせる前は、赤土色でした。それが寝かせることで色も変わって、中の藁も完全に分解され、残るは髪の毛のような藁の繊維のみとなります。この無数の藁の繊維が、泥土にからまって割れにくく強度のある壁とします。寝かせることで土が締まるという作用も、密度がつまった壁になるという事を意味し、強度にも影響していきます。

 

この独得の薫りは微生物・菌たちの働きによるものです。
発酵しているということ。寝かせている時は、ぶくぶくと泡がでてきて、生きているという感じです。
さながら天然酵母やドブロクづくりと似ています。。日本の文化は、まさに発酵文化です。。
菌たちの作用によって、強く割れにくい雨にも曝されにくい壁となっていく。
ありがたい事です。。

 

じっくりと時間をかけて寝かせるという事の、意味。
味噌も醤油も酒も酢もみりんも漬け物も、そして住まいも、
日本の物づくりにとって、寝かせる『時間』はかかせない意味のあるものという事が伺えます。
菌たちの働きによって、美味しい、身体に優しい健康食(健康家?)となるからです。
菌たちを生かすことで、私たちも生かされる。。

昔ながらの家づくりから言うと、時間をかけず手間をかけずして効率をあげてきた現代の物づくりは真逆と言えます。現代の味噌や醤油や漬け物たちが、身体にとって滋養どころか、むしろ身体に悪い添加物の固まりになってしまったのと同じように、住まいにも同じ構図をみるようです。。

『手間』と『時間』、ここに和の国の善き物づくりがあること、声を大にして言いたいと思います。。
『手間』は愛情、『時間』は自然に寄り添うという事。
確かに・・現代の家づくりはココが抜けているような気が・・。

時間をかけつつ、菌たちの手をかりて出来上がっていく壁。
そう思うと、なんだかこの泥臭い薫りも、かぐわしいイイ薫りに感じてきませんか。。


雨降るなかで。。

 

休日の日、あいにくの雨。
畑仕事もお休みです。
でも、こんな静かな雨の日には、針仕事がよく合います。
シトシト降る雨にあわせて、チクチクと。。

1年分のたまった、繕い仕事です。
やぶけた上着や、穴のあいたズボンが山ほど。
ズボンは何故だか同じ場所ばかり穴があいている・・。
徳さんのお尻は、穴があきやすいのか・・
繕えば、まだまだ十分に使えるものばかり。
繕うという行為が心地いい。

古布をあてて、破けないように穴のあいた場所を補強します。
繕った跡が、妙に愛くるしい。。
それをはいている徳さんも、愛くるしい(笑)。

雨の薫りを感じながら、チクチクする一日。。
心も静か。。
こんな一日も愛おしい。。

『菌』から『宇宙』を教えられる毎日。。

 暇をみて、麹菌づくり。。
この時期は、温度もあって湿度もあって、菌の繁殖には具合がイイ。。
いつみても、この菌たちが胞子をたくさんだしている姿は可愛いものです。。←(変?)
ナウシカの世界を彷彿させる。。
そう、私たちの暮らしを影ながら支えているのは、この菌たちがあってこそ。
放射性物質を体内に蓄積しないはたらきが味噌や梅干しやはたまたビールにまであるのは、この菌たちの力によるものに他ならない。
今回この事で大きな気づきをした私。。

私たちの身体の中では、無数の菌たちが私たちの生命活動を維持するために働いている。日々、発酵食品などを食べている人は、身体のなかの菌たちの数も多いことだろう。それはまるで私たちの身体は地球(星)そのもののように多くの生き物たちを育んでいることを知らされる。
私たちの身体は宇宙そのものという事。私の小さなコスモ。。
菌たちや細胞たちが活き活きと喜ぶことは、自らのコスモの繁栄につながる。

逆に、日々、農薬漬けの野菜や、塩素入り水道水、無数の添加物などを日々口にしている人の体内はどうだろう?と・・。それは自ずと想像がつくこと。自分のなかのコスモは、荒れて、最後には自分自身を滅ぼしてしまうことに。。
菌たちはとてもミクロな世界に存在し、些細なことに影響して、最後に私たちの身体に病気となってあらわれてくる。ただし、病気とこの菌たちの関係やケミカルな物との因果関係はあまり語られていないのが昨今の医療の世界かも。

これは実は食べ物、身体の中だけの話ではなく、自分の身体の外の世界のことについても同じ。汚染された空気を吸い、ケミカルな世界で防カビや抗菌剤に囲まれて暮らす生活は、いずれ自分自身のコスモを殺すことにもなるという事。それは自分の外の世界(宇宙)が健全でなければ、自分自身のコスモも生きられないということに通じていることが分かる。

菌達が豊富な土壌は、とうぜん農薬などを使用しない自然栽培の大地。日頃、土いじりや森の中を散策し自然を楽しむような生活をしていれば、おのずと自分のなかのコスモは健康的に育まれ、逆にコンクリートジャングルで暮らし、土に触れることもなく、排気ガスに囲まれた暮らしは、いずれなんらかの病気を自らのコスモにうんでいくという事。
自然とコスモと身体(自分)の関係、それが実はとても重要な視点であるという事。。

自分の、外の宇宙も、中の宇宙も、ひとつであるという事。
また、ミクロな世界はマクロに影響し、マクロな世界はミクロに影響する。
こちらもすべてはひとつにつながっている、という事を物語っている。
ミクロな菌や、小さな生き物たちがいてこそ、私たちは生きる事ができる、いえ生かされているのです。そして私たちの暮らしそのものも、またミクロな菌や生き物たちに影響をあたえるという事。
自分の外のコスモも、中のコスモも、すべてはひとつにつながっている。。
外のコスモを汚すことは、自らのコスモを傷つけていくのです。
すべてを愛おしく大切にしたい。。そんな想いがふつふつと湧いてきました。。

今回、福島原発震災のことがあって、自分というコスモを再確認しました。。
神さまは「私たちの身体を神の身体にまねて創られた」その言葉の本当の意味が今わかりました。

 

さてさて、前置きが長くなりましたが(笑)
我が家でたくさん採れた空豆と麹菌をつかって『豆板醤』づくり。麹+豆+唐辛子+塩 で出来ます。いたって簡単!
その次に、麹+もち米+焼酎 で『みりん』づくり。
その次に、麹+もち米+水  で『お酢』づくりをしました。
出来上がりは、菌たちのお仕事を待って、1年後。。

すべて菌たちの力で、豊かな食材に変わっていきます。菌さんありがとう。
お酢は、麹菌だけでなく、酢酸菌の働きによるものです。
菌たちと仲良くしていく事で、豊かさが増していく生活。。
身体にとって喜びである酢やみりんになっていく。
わくわくしてしまう私。それは私のなかのコスモが喜んでいるからなのかも。。
今、自らのコスモを感じはじめています。
そして母なるコスモを愛おしく想い、日々、暮らす自分がいます。

あなたのコスモは、喜びを感じていますか。。

いよいよ竹小舞。。


 『つながる家+つなげる家』は、
いよいよ竹小舞。。

この竹をかいている(竹を編むとは言わず、掻(か)くと言う)光景が、なんとも大好きな家づくりの過程のひとつです。。
木組みの力強さ男らしい空気から一変し、辺りは竹の凛とした空気が漂います。竹の隙間から光がこぼれて花篭のなかにいるかのような美しさです。

この空気を感じるといつも思うのは、ここには地球を汚すものは何一つ存在しないという事。
その美しさに心をうちます。。
木と竹と藁だけがそこにあり、循環型の家づくり。

 

多くの現場では合板やグラスウールや石膏ボードの木っ端が散らばりながら家が出来ている頃、そんななかここは全てが土にかえっていく素材たちばかり。
優しい、そして美しい。。愛おしく思ってきます。

さっそく私もお手伝い。。
しばらくぶりで少し慣れるまでほんの少し時間がかかりましたが、やり始めるととてもシンプルな掻き方。たとえ途中で縄がきれても縄と縄をくくって結ぶという事はせず、ゆるまないように絡めて締めるようなやり方で縄をうまく繋いでいきます。縄を掻き始める、始めと終わりもおなじ、縄は結ぶと弱く切れやすい、だから締め付けてとめる事をします。
 
たんたんと竹と藁縄にむきあって、小舞をかいていく時間が心地いい。
そう思うのは設計者だけ?かな。。
騒がしい世界の話を忘れてしまうかのような一時。。
でも、職人さんたちは、せっせっとリズミカルにスピードよく掻いていきます。

まーくんも、見事な早さ!う〜ん、成長している!
まーくんから、そっと小舞を早くかく裏技を教えていただきました。
どうやら誰も真似ができない師匠の早業を、会得したらしく、そっと教えて頂きました。
すごい!確かに断然の違いがそこに・・
う〜ん、それを師匠から盗んだところがエライ!他の職方はこの方法を知りません。

普段あまり弟子を褒めない師匠も、「早くなったな」と言ったそうです。お褒めの言葉ですよね。頼もしい、未来の希望。
そんな事を感じる竹小舞の現場でした。。