共同作業って、スゴイ馬力!

 移住予定地である神子の森に、田圃と畑をかりることになりました。
ホント神子の森の集落の人たちはイイ人ばかり。
ん〜これも総代さんの「若い者を村に引き入れたい」という力あってこそ
ますます好きになっていく集落

さてお借りした田圃は、我が家に新しく仲間入りとなった北野さんと、下の集落にお住まいで最近お近づきになってお米作りをしてみたいというhiroさんの二人が主になってやることになった。
お米づくり1年生のお二方に、お米づくり3年生の徳さんがサポートすることに。

まずは田圃に水をひく水路の掃除から。
もうしばらく使われていなかったようで、水路の入り口となる土管には土がつまって水が流れません・・
竹を伐って、その竹を土管のなかに差し込み、竹筒に土をふくませ取り除いていきます。それと同時に水路にたまった土や草も取り除いていきます。
予想以上に、土管のなかには土がつまっているようで土管の入り口・出口の両方から土を取り除けども、なかなか水が出てきません・・。長い竹が土管のなかに入りきっても、まだ出ない・・。
水路も土や草が除かれて、あとは水が流れるのみとなっているのに・・

はてな?と頭をかしげつつ、竹でさらにつついてみる。はたまた何か水が出ない仕掛けがあるのかと周辺を探ったりして。やきもきしつつも、しかしそれ以外に考えられることもなく・・、意を決してさらに竹でつついてみることに。

 

するとポコンといったような音がしたかと思うと、勢いよく水がながれはじめたのでした
男たちの喜ぶこと喜ぶこと
そう、小さい頃に砂山をつくって、あっちとこっちから穴を掘っていって互いが開通した時の喜びに似た、まるで子供のような喜びようです!

でも乾ききった水路の水が流れはじめるというのは、なんだかこれから始まる神子の森でのお米づくりでの喜びを彷彿させ、心がとても踊るのです
生きていくためにお米は欠かせないもの。お米と塩と少量の野菜があればどんなことがあっても生きてはいけます。そのお米を自らの手で生み出すということ。それは例えようのない喜びでもあるのです。

さて水路の水が流れはじめ、次なるは・・田圃の畦づくりです。
深水にてお米づくりをする予定なので今の畦をもう少し高めに築きます。
そして田圃のなかの周辺部に深い溝をつくって、水の通り道をつくってあげます。

男3人が揃うって、すごい馬力を発しますね
いつも徳さん一人の時とちがって、見る間に作業がすすんでいきます。男3人が集まれば、一人の力が倍増するみたい。一人がかりで3日超かかるものも、3人でやれば1日もかからない。
巧みに互いの連携プレーができあがって、またお互いに目に見えてはかどっていく光景に、さらにやる気がかかる様子。見ていて本当にたくましい限りです

女性陣たちは、男性陣たちの労をねぎらうための、愛情のこもったお昼とおやつを用意し、黄色い声援をあげます
力をつかう畦づくりの作業、男性の力はつくづくすごいな〜と実感。そしてそれを見守る女性の役割もとても重要ではありますね。

さて次回は、苗床をつくってお米の種をまく予定です。
今時は苗も農協でかってきますが。何事も買うことありきになると、本当の力がつきません。それに自分たちが生きるお米をつくっているという土台がゆらぎます。だから種をまいて苗も自分たちで育てます。さてさて一歩一歩が着実な一歩。楽しみですね

田圃しごとに加え、大きな畑も借りたので、こちらも何をつくろうかと皆で計画中です。
イノシシ、鹿、猿などの獣の被害もあるようなので、悩むところ。だけどひとまずやってみなきゃ!

この神子の森でのお米づくりや畑しごと、そしていずれは移住しての暮らしは、私たちがめざす共同体としての営みの一歩。
今は家族単位で、集落単位で、社会単位でそれぞれが個人個人に切り離されてしまった時代。
そんな今の社会システムとは逆行するかもしれないけど、お互いに助けあいながら子育てをしたり、生きていくための食を生産したり、互いをフォローしたりしていく。一人で出来ない取り組みだって、仲間がいればこそ実現できることだし。お互いの想いやビジョンを高くもって共有しつつ、実現していくために絶対的な力になるのはこの共同体としての力があってこそ
共同体として生きることが出来れば、子育てのためやお年寄りたちを施設に無駄にお金をつかって預ける必要はなくるだろうし、身体を悪くする食料をお金をつかって買う必要もなくなってくる。個人で出来ない事を行政が替わって介入するための費用も多くは必要なくなる。多くのことは互いに協力しあえば、出来ないことはほとんどなくなるだろうに。。

言い換えれば、昔あった共同体から私たちが個人化されて無力化されてきたのも、力をもたれると困る者がいたのかもしれない。個人の力など社会を変えるには無力であると思わされてきた私たち。結果、お金を持つものが権力を握り、大きな企業や権力者が思うように政治を影で動かしたりして、社会を自分たちの意のままで動かしてきたことが言える。原発然り、豊かであったはずの自然や環境が産業や経済活性化という名の下に壊されてきたことが全てを物語るように。。

力を合わせると、力は一人の時よりも確実に大きくなることが、身をもって感じられたところ。
一人で生きるより力を合わせて生きる方が断然力になる!そして何よりも喜びをお互いに分かちあったり、支えあったりというのは精神的にも豊かになるという事をとても感じる。。
支えたり、支えあったり。一人よりも二人、二人より三人、三人より・・。。
力も喜びも、二倍三倍になる。。
豊かさをもとめて、ただいま進行中です

豊か、豊か!

 先日の日曜日は大潮。
この時期、大潮といえば・・そう、ワカメ採りでしょう〜笑

前回もうすでに十分なぐらいにワカメのストックは冷凍庫に詰まったので、今回はいつもお世話になっている方々へのお裾分けのためと、AASTUDIOの仲間入りとなったK家の1年分のワカメ確保のため。
あと重要なのが・・K家の新居空き家改修のため、左官見習いのマーくんに助っ人で来てもらうお礼のために、マー君家の1年分のワカメ確保のために行ってきました。

海の幸は、無償でわたしたちを待ってくれています。ありがたい
大潮で今までになく潮も引いていたということもあって、ワカメは予想を超えた収穫量に。海の幸は、到底すべて採りきれるものではなく余りあるほどに私たちに無償で与えてくれます。
これもワカメが生きられる自然あってこそですね。

そんな収穫したてのワカメをさっそく小分けにして、友人たちや集落の人やお世話になっている方々にお裾分けをします。そして翌日は朝6時半に家を出発して、打ち合わせもあって内子の友人たちにワカメを持っていきました。
ほほ、すると・・
まるで物々交換をやっているよう
色んな物がかえってくる。
炭焼き職人さんからは、炭。農家の方からは野菜や卵。旬のタケノコ初採りまで!
ワカメが化けて帰ってきたみたい
とってもありがたい〜

なんだかとっても豊かな気持ちになります。
かえってきた物は、どれも自らの身体をつかって生み出された物たちばかりだから。
しかもそのどれをとっても貴重な無農薬での栽培だったり、手間をかけて生み出された物たちばかりだから。

豊かな物と豊かな物との交換。。
そこには語り尽くせないほどの豊かさがあります。
気持ちの豊かさや、人の暮らしの豊かさ、自然の豊かさ。

お金をつかって買えばいか程に?
邪道な問いに・・、それはお金では買えない、豊かさがあると確信をもって言えます。。
なんだかそんな豊かさに心が満たされた一日でした







移住計画進行中。。

 水面下で移住計画進行中です
今年にはいってからというもの物事が加速しているようです。
願うと叶う、思うとやって来る
恐ろしいぐらいのスピードであらゆることが展開していっている私たち。
ついていくのがやっとです

実は、AASTUDIOに新たな仲間が加わります。
AASTUDIOに・・というと、ちょっと微妙なニュアンスなんだけど・・
昔ながらの家づくりを一緒に広めていく同士・仲間といったほうが、シックリくる感じがします。
ずっともとめていた同職の仲間
価値観も同じで同世代。設計のほうもなんら問題もなくもうバリバリとできる方なのでホント私にとっては心強いかぎり。彼とは建築だけの事ではなく、私達のやっている農的なことや暮らしのこと全てを一緒になって今後やっていくことになります。
お米づくりや畑、味噌作り、旬の野草刈りなどなど、力をあわせて共に生きていくための仲間というわけ。循環型の豊かな暮らし・美しいビジョンを実現していくための、また仲間がひとり増えたという感じです。もうすでに同じ想いをもって動いている仲間もいます。それぞれ生きがいややり甲斐のある仕事、子供たち未来に遺していきたい仕事を身につけるため個々に修行にでています。その友人たちも、あと2、3年ほどで皆帰ってくる。。
一緒に集まって暮らしながら、助け合ったり、分かち合ったり、発信したり。
わくわくします

そんな構想が、我が家にあらたに加わることになったK夫婦の出現とともに、さらに扉が開かれ始めたようです そういえば麻美子さんがやって来たときも、私達にとっては今治の地に移住という大きな変革の扉がひらいた時でしたっけね。

 

彼らの引越し先として、私達がいずれ移住したいと思っている神子の森の集落がふさわしく、総代さんにも空き家をお世話していただくことになりました。
総代さんも神子の森の集落のためにも、今若い人にはいってきてもらうことが村のためにも必要不可欠だと言われています。あと5年もすれば高齢化により、草を刈ったり、水を管理したりなど、村そのものを維持していくための人手がなくなるなどの問題を抱えているからでもあります。
私達は草刈や水管理も村を維持するため共同体としての大切な作業と思っているから、それがたいへんだという気持ちはありません。むしろそういった共同体として支えながら生きるという事を見直していく時代のような気がしています。

不思議なことに扉が開かれはじめてからというもの、縁がつながるつながる。
やっぱり移住の時期がきたのかな。わくわく!

ここ神子の森の総代さん、私設の里山公園をつくっています。
自らで山から木を伐りだして広大な土地に遊歩道をつくったりして、集落内外を問わずみんなが楽しめる公園をつくろうと。炭焼き小屋も、まだ完成していないんだけどこれから一緒になって楽しめそう。山菜を根づかせたり、草木を植えたり。どんどんと私達にも積極的に活用をして欲しいと言ってくれているので、今後ここで林間学校のようなこともできたらもっと楽しいだろうなと友人たちと構想しています。子供たちが山菜をとったり、それを料理して食べたり、保存食をつくったり、自然のなかで学んだりできる場。そして暮らしのなかから知恵を学ぶ場をつくりたい。仲間もみな同じ構想をもちます。そんな構想にぴったりの場

私のほうは木と土の家づくりを広めていくための活動の場としても考えたい。親子そろって木と土の住まいを学んでいけれるといいな。仲間には左官さんもいるので、竈をつくったり、蔵をつくったりして、つくる過程のなかから木と土と自然そして暮らしを学んでいく。。
さっそく椎茸刈り体験を総代さんにさせていただきました。
みんなで支えあってすれば、きっと素敵な森になりそう

念願の地、神子の森へ。
この美しい景色のなか、豊かな暮らしを発信していきたい。
私達のための良い空き家がみつかりますように。
春の生き物達の躍動感とともに、理想の住まいが見つかるという確信がしています。。

春のきらめきに。。

 日に日に春めいてきました
家のなかに閉じこもっているより、外の方がお日さんがぽかぽかして暖かい。。
そのせいか?身体がお外に出たがってムズムズしてしまいます。
畑のほうも色々とやらないといけない事が出てき始める頃。
お外に出たいという衝動も、この自然のリズムにそっている証ですね。。

そらまめの支柱や、えんどう豆の支柱を立てたり、
ほうれん草の種を撒いたり、ミョウガを移植したり、じゃがいもを植えたり、
これからの種まきにそなえて畑の準備をしたり。。

支柱立てが遅くなってしまった、えんどうも春を感じて、急ピッチに成長を始めだしています。可愛い
なんだか愛おしくなってきます。毎日毎日、成長していく姿が楽しみでなりません。

こちらえんどう豆の脇にある野良映え大根たち。
余った種をばらまいていたら、いつの間にやら大根たちがニョキニョキと。
こういった大根たちは食べきれないぐらいにあります。
立派な大根にはならなくても、葉を炒めたり、お浸しにしたり、佃煮にしたりと、ありがたいのです
もう暖かくなってきたので、小さな花芽がつきはじめていました。

はは、そんな花も食べちゃう私たち
大根もそうですが、畑にはえてくる自然の野良映えの菜の花は、私たちの春の貴重な食材のひとつでもあります。花芽をプチプチと摘んでいき、茹でてサラダにしたり、お浸しにしたり、炒めたり。
独得のほろ苦さがあって、この苦みを身体が欲するのです。
春は、冬に溜め込んだ身体の毒素を排出するため、こういった春先の苦みのある食べ物を身体が欲するのですよね。不思議ですけど、身体が自然と教えてくれるんです。
自然のリズムと私たちの身体はひとつ。つながっているんですよね。。
ちゃんと自分に耳を傾けてみて、きっと誰にでも分かるはず。

それにしても美しい花々ですね。
完璧なまでもの美しさにいつも脱帽です。。
神さまがつくった造形は、すべてが調和した理にかなった無駄のないデザイン。
見習いたいといつも思います。

春菊たちも、今はワッサリとこのあり様。
ホホホ、こちらも食べきれないぐらい
私の場合、几帳面に種を撒いて・・なんて出来る限りせず、 
昨年の種が実った時に、そのままその場所に種をほぐしてばらまいておくのです。
そうすると勝手にこんな感じ。。
はは〜あんまり余計なことをせずして、時期がきたら頂けるのですから、ありがたい。
もちろんピンポイントで手をかしてあげることはあります。
草のほうが精力が強くて、負けそうな時。
このままだと負けちゃうなという時は、手を貸します。
なんだか子育てと一緒だと思いませんか

わさび菜は今回はじめてでしたが、こちらも十分なほどに育ってくれました。
サラダとしていつも重宝します。どんな花を咲かせてくれるかが今から楽しみですね。

その他、ニンニクや玉ねぎが急速に成長中!
頑張っておくれ。。

こちらミョウガさん。まるで宇宙人の足のよう
地下でニョキニョキと縦横無尽に根をはっているミョウガ。
もうすでに春を感じて新たな可愛い芽が出始めていました。

こうやって植物たちはもうすでに人間の知らないところでみんな春の準備を始めていました。春を感じて居てもたってもいられない私の身体のムズムズと、グイグイと伸び始めている植物たちは一緒なのかも
そう考えると、嬉しくなってきます。
私たちもちゃんと自然の一部なのですね。。

『自然』って言うと、どこか自分とは別もののように考えがちだけど、
ほんとうは自然=自分。
自然を大切にすることは自分を大切にすることに繋がっているんだよね。
自然なくして私たちは生きることは出来ないんだもの
だから、自然と私はひとつ。

言い換えれば、自分を大切にしてあげられないというのは、自然を大切にすることはできないという事。自分の身体の声、心の声に耳をすまして、自分を生かしてあげること、とっても大切です。
こうやって畑のなかで春の美しさに身をおいていると、身体のなかから喜びが湧き上がってきます。
自分を大切にしていれば、自然と自然が愛おしくなってきます。

自然を大事にしたい、そして自分を大切に。
畑しごとをしながらそんな事を感じました。。

海も旬。。

 

山の次は、海?
雪が舞い降る日・・風邪をひいたかも・・なんて言いながら
潮見表をみながら居ても経ってもいられなくて・・
「さあ!海に繰り出すぞ〜」と相成りました

この季節だけの・・しかもそのタイミングはひと月に一度か二度ほどしかありません。
だから何をさておき、悩んでいる暇はありません。身支度をしてイザ海に出発

時折、小雨まじりのような雪が舞う中で、潮が引いた時を狙って採るのです。
貴重な海の恵み『わかめ』。。

どなたかがすでに採った後でしたが、それでも1時間半ほどで収穫終了。
1年分のワカメを採ることができました

さっそく帰って収穫祭かのような食卓。
帰って早々にしたのはワカメラーメン
何故って?
ワカメたっぷりのラーメンが食べたくなったのです。
麺も自家製です。

採れたてのワカメをこれほどまでに入れたラーメンは日本中探してもうちぐらいでしょう
ワカメの薫りを損なわないように茹ですぎずに・・
はあ〜、、ワカメの出汁もイイ感じに出ています。
採れたてのワカメの薫りは、市販のワカメとは雲泥の差です。
ワカメラーメンと呼べるに相応しい、ワカメの薫りが麺にからまって、最高
まるで海そのものを食べているかのよう。。
心底、ワカメラーメンって美味しいな〜と思いました
(もちろん採れたての天然ワカメでなくてはいけません)

その後、採ってきたワカメは茎と切り分けて、パックに小分けをして冷凍保存します。
乾燥するより冷凍の方が風味と食感を失わずに美味しいのです。
これでいつ来客がきても、美味しいわかめを振る舞えるでしょ

夜な夜な、1年分の小分け作業がつづきました

翌日は朝から、残ったワカメの茎をつかって常備食づくり。残さず食べ尽くします
茎の佃煮は、ご飯のおともになります。
そして芽カブは、細かく刻んで甘酢でいただきます。
お昼から、またまたワカメづくしの私たちです
ワカメの茎の天ぷらも絶品ですよ。。
食べきれない茎は、こちらも細かく刻んで冷凍保存。和え物や炊き込みご飯、パスタなどに、なんでも活用できます。

 

これも自らが採ってくるからこその豊かさでもありますね。
そして多くの恵みを与えてくれる綺麗な海があってこそ。
いつも我が家の食卓は、そんな自然のめぐみたちで潤ってます。
自然に生かされている私たちですね。
ありがたいことです。

まだ肌寒い日がつづいていますが、なんだか我が家の食卓に春を感じました。。


目に見えない世界。。

 今、設計中の家づくりも、各職人さんに見積もりをかけて小休止の私たち。。
昨年末からバタバタとやっていたので、やっと畑の様子もうかがうことが出来ました。

なんにもしなくても、ちゃんと育ってくれています。
お野菜たちに感謝です。
無肥料なので売っている野菜たちと比べるととても小さいですが、その分しっかりと自ら自身が生きようとする力強い生命力をもったお野菜たち。味も濃くて、野菜くさい野菜ですね。ニンジンも、とってもニンジン臭い!肥料でブクブクと太ったお野菜たちは大きくて立派だけど、やっぱり味が薄いです。。
こういった生命力あるお野菜だと、お塩やお醤油だけで十分美味しいんですよね
味が薄いお野菜になると、やっぱりお肉やお魚のコクがどうしても欲しくなっちゃいますよね。
私も以前はそうでした。
でも無農薬・無肥料のお野菜をいただくようになってから、肉や魚のコクがなくても「お野菜が美味しい!」っと感じるようになりました。だから別格のお野菜の味なのです

 

こういったお野菜が食卓にのぼるなんて、いつも贅沢気分です。自分で育てているからこそですね

安心して食べられるのが一番です。身体が喜びます。
身体が喜ぶ=エネルギーがとても高い食べ物といえます。
ここ数年、お野菜たちや食べ物をいただくと、そのエネルギーを感じるようになってきました。
エネルギーと言っても、電気の話ではありませんよ

愛をこめて大切に育てられた野菜たちや、丁寧に心をこめてつくられた食事は、本当にエネルギーが高くって、私自身の内側から湧いてくる喜びみたいなものがあります。だから食って本当に大事だなと痛感します。
大切に育てられ、野菜そのものの生命力があって、そして手をかけて、または食材の個性を殺さずに活かして調理すること、本当に大事です。そういった食べ物たちを頂いていると、ふつふつと自分のなかに何かが満たされていくような感覚があります。

 

反対にエネルギーをまったく感じない食べ物もあります。コンビニやインスタント食品などは本当に何を食べたんだろう?っと感じるぐらいに、0(ゼロ)に近い。もう私はこういった食事をとる事はありませんが、お腹を満たすのと、自分の内側のエネルギーを満たすのは大違いなんだなと分かりました。
きっとコンビニ食やインスタント食ばかりしていたら病気になります。やる気も出てきません。もちろん身体を痛めつけるような添加物もエネルギーが悪いです。
また、舌先が喜ぶ食べ物と、身体が喜ぶ食べ物は違います。
舌先は欲で食べるもの。身体がもとめるのは生命エネルギーを維持するための食べものです。
残念ながら今は前者の食べものばかりが流行っていますね

心をこめて食事をつくるって、本当に大事なんです。
子供達や家族の健康をおもって、お母さんが毎日の食事に気を遣う。心遣いをする。
そういった食事は喜びがありますし、毎日の活力になりますね。
実は料理をするお母さんのエネルギーがそこにはいるのです。
エネルギーの高い食べ物はみんなを幸せにして、満たすことができます。
お母さんの愛のエネルギーが、家族を満たすのですよね。。
そのエネルギーが、やる気や元気の源です。

手を掛けず料理をつくればインスタント食になります。
そこには家族の健康を気遣う愛もなくです・・。
インスタントや冷凍食品はとっても便利ですが、家族のことを想うのであれば、ちゃんと手を掛けてあげてください、お母さん。。

そして、それと同じことが家にも言えます。昔ながらの家づくりを手掛けはじめてから、職人さんたちが心をこめてつくる仕事(家づくり)に、食事と同じようなエネルギーを感じるのです 
そして素材そのもののエネルギーを感じます。。
幸せになるような、満たされるような、言葉では表しきれない心地よさがそこにあります。インスタントのような家や、添加物だらけ家や、見た目ばかりの家では、エネルギーが感じられません。

食も住まいも・・物事って繋がっているんですよね、実は。。
この世の目に見えないエネルギーの世界。まだまだ未解明ですね。
目に見えるものばかりに意識をよせないで、目に見えない感じる部分は、案外とてもとても私達の暮らしに影響をあたえているんだろうという事が感じられます。
実は、意識することで、誰もが感じることのできるのがエネルギーです。
いえ意識しなくても誰もが感じていることが多いかな。。

なんだか胡散臭そうな話になりましたが。
また興味がありましたら、目に見えないエネルギーの話を。。
感じてみてください

心を満たす年に。。

 年末年始、慌ただしくしておりブログを書けずにいました。
いつも楽しみに見て頂いている方々、すみません

昨年は、福島のこともあってか、半年は心が落ち着かず、残り半年は自分たちの今までやって来たことを再度心に落としての、あっと言う間の1年でした。
原発震災が例になってくれましたが、何にしても遠い未来のことまでもを見通して、自分たちの生き方を決めていきたいなと実感した次第です。一瞬一瞬を大事にして生きること。あたりまえの事が、どんなに有り難いかという事を、日々些細なことにも感じながら、そして感謝して生きられる自分になりたいです。感謝とは、行動としてひとつひとつ現れてくるものだと思っています。
この世に生かされていることの喜びを、しっかりと感じ、日々をそして生きるもの全てを大切にして生きたいと思います。。

今年は1分1秒も無駄にできない年になりそうです。
大地にしっかりと根ざして、生き物と繋がり合って生きる喜びを、とても感じています。。
相変わらず、畑や保存食づくりにも忙しい私達。
今後、食べる事そのものが今後、難しくなる時代がくると思っています。
お金があっても食べていけれない時代が来るかもしれない。。
「飽食の時代にそんなバカなこと(笑)」と思うかもしれません。でも飽食の時代だからこそ、お金があれば何でも手に入ると思っているからこそ、何か大切なことを見失い、気がつくように思うのです。原発震災にしても然りです。
生きる事はどういう事なのか。お金を稼ぐことが生きる事なのか。経済的に成長していくことが豊かさなのか。

お金があっても生きられないです。経済が伸びても、雨の恵みひとつなければ私達は生きられない。
生きるために最も大切なことを見失おうとしている今の私たちの暮らし・・考えなければいけない時が来ていると思います。

何ごとも無駄が多い時代。ありあまる程の時代に、まだ足らず、まだまだと求める心。
本当の喜びを知らないから、渇望し、常に得ることで満たそうとしているんだと思います。
足(たる)を知り、身の回りにあるもので満たされる自分でありたいですね。
私達はもうすでに十分なぐらいに満たされ与えられていると思います。
健康的に生きるための大地や水や食物や生き物たちです。そこは豊かさそのものです。

でももし満たされていないとしたら、自の心なんだと思います。
心をうめる作業は、もとめる作業ではありませんね。
生きることに焦点をあてて、美しいものを見て、美しいと感じること。
生きていることの喜びを感じることのできる日々の自分であったり、感謝することから。

今年は大地に根ざした住まいの発信もますます忙しくなりそうです。
『つながる家+つなげる家』も建て主さんのご厚意により完成見学会&家づくり塾を、2月末か3月頭の土日に予定『風薫る家』と『ゆとりの家』の家づくりも始まります
職人さんたちの素晴らしい手仕事や大地に根ざした家づくりをお伝えする、貴重な機会です。
そして徳さんのほうも工房を整えてのスタートです。

ご挨拶が遅くなりましたが、本年もどうぞ宜しくお願い致します。。

豊かさを楽しむ『手づくり市』

 年に一度、内子の菜月自然農園さんで開催される『手づくり市』に出店してきました〜
菜月自然農園さんは、AASTUDIOのHPでも紹介している自然農法で野菜づくりをしている農家さんです。またその他に手づくり市では、循環型社会をめざす自然派の人たちがたくさん集まって出店します。我が家は設計事務所ですが、この日ばかりは一日だけの珈琲屋さんで楽しみます

前日から薪ストーブのオーブンで何種類かのクッキーを焼きます。
今回は、レモンクッキーとラズベリークッキーときなっコロリンで勝負〜
手づくり市では、保存食やお菓子やパンなど手づくりライフを楽しんでいる自然派の人たちの集まりなので、クオリティーの高さが問われます。当然のごとく素材にもこだわり派!

 

我が家は、自家製の無農薬レモンや無添加の油や黒糖(白砂糖は身体に悪い)を使います。お店で市販されている物は商売(利益)が先にあるから、素材は徹底的に安い物。ここ自然派の人たちは、利益より身体に優しいとか環境に優しいとかいった事に価値をおいている。またそれを理解して、それを心地いいと感じる人たちが楽しみにやってくるという訳。。

徳さんのほうは、七輪をつかってフェアトレードの有機栽培された珈琲豆を炭火で焙煎。まみさんは、蒸しパンで勝負〜。
それぞれに手づくり市を楽しむために前日は、大忙しでした。

 

私のほうはクッキー以外に、先日援農に来てくれたフルヤジさんが出されている『畑のラー油』が絶品で、そのレシピをアレンジして初のラー油も出品。
自前での無農薬・無肥料栽培でのハーブやネギや玉ネギ・生姜、それにイチジクと物々交換して大量に頂いたニンニクを使って
基本ある物で出来ちゃうのが心地いい〜
油も国産菜種を使った圧搾しぼりの平井出油の菜種油に、圧搾絞りの今井精油のごま油。イイ油使ってます〜!



午前中は時折強い雨が降るなかでしたが、遠路はるばると来られる方々多し!さすが手づくり市です。お店も30〜40店舗ほどあって、その品揃えは個性的!
しかもその風貌も個性的なものでした
街から始めて来られたお客さんが「はじめてですが、みなさん独得の雰囲気ですよね」って
まあ確かに、みな自然体ですから
うちの徳さんもよく人に、足元から頭の上までジロジロ見られますし、着ている物、身につけている物、みな個性的です
自然体=自由人のように、縛られた常識やしがらみはなく、それぞれが心地いいと感じるスタイルです。なかにはインド人かと思われる方々が数名
お話しするとみんなイイ人ばっかり。環境のことや自然のことや未来のこと、子供たちのことを想う心優しい人たちばっかり〜

珈琲を出店しつつ、合間合間に出店者たちには珈琲を差し入れしたりしてました。
そしたら色々と物々交換で、いろんな物が返ってくる返ってくる〜
写真では載せきれなかった物たち山ほど、ビビンバ、インドカレー、フォカッチャ、みたらし団子、元気玉、ラー油、タカキビ、炭、柿、卵 いろいろと頂いちゃいました〜!
お昼も、お金をあまり使わずとも美味しい物がたらふく頂けて、ありがたい限り

ここに来る人たちはお金を使わない物々交換も積極的に暮らしに取り入れてやっている人たちでもあります
私たちもそうだけど、お金を介すると、人間なぜか欲深くなる
物と物との交換には、税金なども介入しない分、搾取される分がなくなり、お互いメリットが大きい。手間をかけた物を頂くと、ありがたみも大きく、こっちもドサッと返したくなる。
互いの労力や気持を交換する感じが物々交換にはあります
次回は、物々交換を極めたいなあ〜。

クッキーやラー油で得た私の利益は、手づくり市で同じく出店していた加藤さんの木の器に交換しました〜
実は、ずっと前から狙っていたシロモノです。いつもの加藤さんの作風からは一風変わった作風です
加藤さんもいつもの仕事から離れて、夜な夜な時間も忘れて楽しんだ作品だと言っていた。そんな感じがたっぷりとあって、商売品ではない感じが漂っているのを、私が目ざとく嗅ぎつけ、惹かれたという訳
商品なんだけど、店先では他の商品に隠れたようにずっと置かれていて、「売りたくない」というのがアリアリ。加藤さんも「売れなくてもいいんで、値札高く設定しているんだよね〜」って
もうすっかり売れていたと思っていた器だったけど、おかげでまだありました
「ずっと気がかりになっている以前の器ないよね〜・・」の言葉に、商品の下に隠れた器をゴソゴソと出してくれた〜。「はしづめさんになら、貰ってもらったら本望だわ」と、裏に書いてあった高い高い値札を剥がしてくれて、安い値段で譲ってくれました〜
私の売り上げは、この器に変わりました〜。これもある意味、物々交換だな〜。
よかった大好きだった器に変わって〜
美味しい料理が引き立ちそう〜!腕がなるなるです

手づくり市は、こんな事が楽しい〜!
気持をこめた物づくりが、かえってくる。私のつくったクッキーやラー油がこんな風に化けて返ってきた〜!豊かさいっぱいでしょっ!
珈琲の売り上げは、我が家3人で頑張った分。美味しい物を食べに行くように取っておきます〜。
AASTUDIOの一日だけの珈琲屋さんでした〜

2年目のお米づくり。。

 

雨の影響もあって遅れに遅れての、我が家の稲刈りです〜
声をかけたら、友人たちがお手伝いに来てくれました

2年目のお米づくりは、上出来!自然農で不耕起・無農薬・無肥料でのお米づくりですが、こんなにも立派に実って、収穫を迎えることができました〜ありがたい〜。。
友人たちの甲斐もあって、あっという間に刈られていく稲。そして稲を束ねて稲木に干していく作業。男手が多かったのもあり、とても助かりました。

またまた高知から駆けつけてくれたフルヤジ農園さん。田植えから参加してくれましたが、まだ1年にも満たないお付き合いですが、まるでもう何年もつき合っている友人のように感じるのが不思議〜。
本当に素敵な一家です〜。
そしてフルヤジ一家は本当にパワフルです
稲木を立てるのに、そこら辺の石を使って打ちこんでいく、ともさん。う〜ん、フルヤジさんには原始的力強さ(生きる力強さ)を感じるわ

 
 

その他に、設計仲間で自前で山を買って植林をしたりしているコッシーさんや、お米づくり1年目から援農に来てくれているせいちゃん、ご近所さんで自然農をめざす博学家の岡本さんたちが今回稲刈りに来てくれました
みなさんかなり個性的。っと言うか、みんなそれぞれが自分自身の生き方を模索中&実践中のメンバだから面白い。そして目指す方向はみな一緒。
一反ある田圃の稲刈り。私達だけでは、きっと3〜4日かかっていたでしょうが、皆さんのおかげで夕方4時ぐらいには完了しました〜!本当に助かった!ありがとうございました〜

昔から稲刈りは大勢でワイワイやる方が楽しいと言われていますが、その通り!
これが機械のバインダー(稲を刈りつつ、束ねるまでやってくれる手押しの機械)を使うと、一人でも出来ちゃ。でも・・一人で出来るからって、一人でやる稲刈りほどつまらないものはないよね〜っと思ってしまいます。効率を考えると楽(ラク)だけど、楽しいではない・・。
やっぱり収穫するって、喜びだし、楽しくないとね。続かない・・。
楽しくないと、ドンドン手間を掛けずに早く終わらせることばかりに気がいってしまう。それが現代のお米作りでもありますね・・。

さて、夜は早く帰らないといけないフルヤジさんをお引き止めして、みんなで夕食を共に〜。本当は、飲めたらもっと楽しいのに〜
でもみんななのでね・・・・残念。
自家製手打ちベジラーメンを振る舞いました〜。みんな「美味しい!」っと言って食べてくれました

こういう事を考えると、いつも気のあう仲間たちが近場にいて(一緒に暮らすのもいい)、お互い助け合いながら喜びを分かち合いながら暮らせたらいいなあ〜という結論に行きあたります。
もう何年も前から描いている構想〜。あっ、いえ、着実に実現にむかって、すすんでいますよ。

気のあう仲間たちや、持続循環をめざす仲間、共に喜びを共有できる仲間とともに、助け合う。
お金の関係ではなく、そこに介在するのは喜びであったり、楽しみであったり、未来をより良くしていきたいという気持であったりして、お互いを固く繋げる。

いまTPPのことにしても、日本はとても恐ろしい坂道を転がろうとしている。生きることさえ難しい時代が来るかもしれない・・・
しかしどんな事態がおころうが、最終的にはお互いが繋がり合って分かち合い助け合うという事が出来ていれば乗り越えられそうな気がする。いえ、それしか道はないように思えます。。
個人では、お金に依存して生きていくしか道がなく、この先のお金で造りあげられた社会の大狂乱にたいして右往左往するしかない・・。
でもみんなで支え合い協力しあいながら、生きていくために不可欠な食を自分たちで生み出していく事ができれば、それは別。そのための、生きる力を身につける私達のお米づくりでもあるのです。。
みんな、どうもお疲れさま、そしてありがとう〜
また楽しもう〜

援農に来てもらって、、我が家の心ばかりのお土産でした。。
(イリコはせいちゃんからのお土産をお裾分けしたもの)

家づくり塾「化学物質って、過敏症って、なんだろう?」お話し会

 昨日は雨のなか「化学物質って、過敏症って、なんだろう?」のお話し会をしました。
雨って・・イベント事においては憂鬱な事です
参加者さんたちもついつい足が遠のいてしまいます。しかもお話し会は『屋外』です・・。
話し手である化学物質過敏症の日野みなさんは、室内の空気が密閉された空間では、一般の方々とお話しすることさえ難しいのです。それが化学物質過敏症であります。
また街には危険な化学物質が山ほど!それを避けながら皆さまにお話しを聞いて頂く機会をつくる、それ自体が難易度大なことです。そうやって化学物質過敏症を発症すると「この現実に目を向けて!」と、声さえも上げられない状態になります。それが化学物質過敏症に対する対策を遅らせている原因でもあります。
今回は少しでもそんな現状に気が付いて欲しい。。
そういう想いで日野さんと、このお話し会を実施するに至りました。

このお話し会によって、日野さんは、数日間は寝込む事を覚悟のうえです
でもなんとかしたい、そういう想いです
この病気が特別な病気でないこと、この化学物質過敏症が誰にでも起こりうる病気であるという事を知っていただきたい。そしてそういった便利さに依存している私達の暮らしそのものを見直していく事が、本当は社会がより良くなって成熟していくためには不可欠なことだと言うことを。。

雨の中・・
私達の心配をよそに、予定していたよりも多くの人たちが参加してくれました〜
しかも今、シネマルナティックで上映中の化学物質過敏症を描いたドキュメンタリー映画『いのちの林檎』の監督さん・プロデューサーさんまでもが、お話し会に急遽足を運んでくださりました〜
お陰で、お話し会がより充実したのは言うまでもありません

日野さんのお話しは、化学物質過敏症の深刻さを語るものでした。
だって・・私達の暮らしにはあまりにも化学物質が溢れすぎているんですもの・・
それにいちいち反応するようになる化学物質過敏症って・・本当に生きづらいの一言です
「普通に暮らす」ことさえ出来ない。今まで何の問題もなく使ってきた、家具や衣服や生活用品や住まいそのものが受け付けられなくなって・・最後の最後に気が付くのです。
「私の居場所がない・・」っと・・。
どれほどに精神的にも追いつめられることかと考えさせられます
それが化学物質過敏症です。

だからできるだけ過敏症にならない予防をする事
発症してからは完治さえも難しいのが過敏症で、普通の暮らしをすることが、一生できなくなってしまう・・。まずは発症しないようにすること、予防です

実は健常者である私達も、化学物質に身体が反応しているという事をご存じでしょうか?
化学物質過敏症は他人事ではないのです。私達も少なからずとも反応しているのです・・
その身体からのお知らせに気が付かず、無頓着な暮らしを続けていたら、ある日突然、あらゆる物に身体が反応するようになります。また反応しているという風に気がつくことさえも出来ず、だらだらと被爆を重ねて、原因が化学物質だと気が付いた時には、すでに重度の化学物質過敏症になって取り返しが付かないよういなっていたという事が発症者の体験談です。

身体からのお知らせは、あまりにもありふれた症状として出てくるために、その時に化学物質との因果関係を知ることなく、だらだらと被爆してしまうのが多くの健常者たちの現状です。
「書店でトイレに行きたくなる」というのも、本のインク(化学物質)に身体が反応しているのに他なりません。
私は健康に自信がありますが、ホームセンターに行くと「思考力が低下する」のを感じると同時に、後頭部に微痛を感じ肩がこります。最初は「今日は疲れたな〜」とか「今日は体調が悪い」と思いこんでました。しかし化学物質過敏症というものを知るようになり、また何度も同じようにホームセンターに行くと同じ反応を意識することで感じるようになり「これは身体が疲れている訳でも、体調が悪い訳でもない、化学物質に反応している」という事に気がつきました。このように反応はとても見逃しやすく、ありふれた症状として出てきます。因果関係を理解できなければ化学物質のせいだとは絶対に理解できません。「身体が今日はおかしい」で済ませてしまいがちなのです。。

でも身体からのお知らせは全て、何か意味があるのです。
病気も同じです。病気をするということは、身体が「気が付きなさいよ」という事を発しています。
それは日々の暮らしのことです。
身体にとっては小さなストレスが、どんどんと蓄積された結果に、病がでます。
身体は日々、小さなストレスに、小さな声をあげています。
「しんどいよ〜」「つらいよ〜」「ああ〜やだな〜」「これは嫌いだな〜」
身体の声を聞いてあげてください。

この事は化学物質過敏症のことだけを言っているのではありません。あらゆる病気にも言えるのです。
『調子が悪い時に、薬を飲んで直す。』
この方法はあまりに一般的ですが、最も間違った方法と言えます。
あらゆる薬は、症状を、麻痺させたり、誤魔化したり、して痛みや症状を軽くしたり無くします。
しかし薬は、根本的に病気の原因を直し取り去ってくれるものではありません。
だから原因を取り去らないと、今度、病気は別の病気という形となって現れます。。

病気を根本的になおすことができるのは自分自身でしかないのです。
お医者さんは、病気の原因が何であるか、全く理解をせず症状に対してお薬を出してきます。
「先生、なぜこの病気になるのですか?」っと聞いてみてください。殆どのお医者さんは、薬は処方できても、原因が分からない、と言います。この事が意味することは、原因が分からないのに病気は直せないという事です。薬によって、病気を誤魔化したり麻痺させたりする事はできますが。。

当然なのです。お医者さんを責めることはできません。自分の身体は自分の身体しか分からないのですから。。
自分の身体に耳を傾けず、「お医者さんに直してもらう」なんて事は、不可能でしょう。
病気の原因が何であるかを、自分の身体の声に耳を傾けて聞く。この作業こそが本当の『病気を治す』作業なのです。。

っと、ついつい話がそれてしまいました〜
でも化学物質過敏症も同じです。発症する前には、身体はたくさん声をあげています。今もです・・。
それに気がついてあげて、原因となる物を避けることが、化学物質による被爆を少しでも少なくする方法・予防なのです。
身体の声に耳を傾ける訓練ができてくると、日々の些細な身体の声を常に聞くことができる能力、危険を回避する能力ができてきます。とても敏感になります。
これはあらゆる病気にも万能なのですよ〜

っと皆さまに、お話し会では予防のお話しもしました。
今の多くの化学物質というものは安全の検証がなされないままに使われています。
それは私達が便利さのゆえに、大切なことを失っているからに他なりません。
急増していく化学物質過敏症・・
ケミカルな物がなくてはならない暮らしに依存するよりも、ケミカルな物をできるだけ使わなくても良い暮らしにシフトする方が、私は未来が明るいと思っています。

ケミカルを全否定する訳ではありませんが、安全検証がされこそのケミカル製品です。
それなくては前に進むことも、明るい未来を語ることも出来ないと思います。
現実に、多くの化学物質過敏症者がいるのですから。。

私たちの家づくりも、一歩一歩です
社会のあらゆる問題に目をむけて、未来がより良くなるために、今を生きたい。。
今回のお話し会によって、また一歩成長できた自分があると感じます。
何ごとも自分ヨシヨシで

最後に・・
お話し会でお弁当をつくっていただいた東温市の銀色さんです〜!
そのクオリティーの高さにいつもながら脱帽で、AASTUDIO 御用達になりつつあります
私たち仕様に、野菜中心のベジ弁当〜(味噌汁つき)!しかも安全な無農薬・無化学肥料栽培のお野菜や無添加の調味料などにも気を使って作ってくださいました
見た目も美しく、随所にこだわりが感じられますね。しかも低価格!
こうやって素晴らしい物づくりをされている方々を、AASTUDIOは応援していきたいと思いますね〜。
衣と食と住、すべてが大切

『食工房 銀色』
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